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大空のフィア  作者: マッチポンプ
中編 少女と皇と超越者
274/1603

7

 夕刻、城の裏にある人気の少ない広場に、アルマがやってきた。


「おじさん……」

「告げてきたか」

「なんで知っていたの?」


 真剣な表情で問うアルマに、トニーは答える。


「それは、私も神器を持つ者だからだ」


 予期せぬ言葉に、アルマは言葉を失った。

 トニーの瞳が殺意を宿した途端、アルマの肩に手が置かれる。


「アルマ姫、こんにちわ」

「ダーインさん?」


 振り返ると、そこには荘厳な雰囲気を持つ壮年の男が立っていた。

 光の国の貴族が身に纏う、白い制服。濃色の金髪と、それと同色の髭。


「……杯のダーインか」


 トニーの言葉に応じるように、ダーインはアルマに会釈をした後に、改めて向き直る。


「剣のトニーが、この国に何の用があるのかね。この国は、君からすればさぞ居心地が悪いことだろう」

「そうでもない」


 長い沈黙の後、ダーインは「この国の貴族として、侵入者を排除するとしようか」と告げた。


「駄目! ダーインさん、駄目なのぉ!」


 予期せぬアルマの態度に困惑し、ダーインは展開中の《魔導式》を停止させてしまう。

 途端、アルマはトニーの手を引くと、そのまま走り出した。


「アルマ姫!」


 呼び止めるダーインの声に気を留めず、二人は駆ける。

 立ち止まったのは、夕刻には人気がすっかりとなくなる広場。

 照明に照らされてはいるが、商業区や居住区から離れている為、本当に誰も現れない。


「おじさんは、ダーインさんと喧嘩してたのぉ?」

「……喧嘩、か。そうかもしれない──だが」


 決して友好関係があったわけではないにしろ、《選ばれし三柱(トリニティア)》同士が敵対するということはそうそうない。

 今回のダーインも、過去の因縁というより、光の国への侵入行為を咎められていた節があった。

 不可侵への反逆とも、捉えられたのだろう。

 全てを理解した上で、トニーは嘲る。


「ねぇ、おじさん……おじさんが神器を持ってるってことは……」

 少し考えたような顔をし、アルマは問う。「指輪職人さんじゃなかったの……?」

「指輪職人? まさか、神器を所有する人間が、そのようなことをするはずがないだろう」


 真実を告げられ、アルマは泣きだしそうになる。しかし、すぐにその感情は抑えられる。


「《聖魂釘》の場所を言え。そうすれば、見逃してやろう。だが、言わなければ……ここで殺す」


 それまで、無関心ながらもアルマに付き合っていたトニーとは違う。その瞳には、殺意が宿っていた。

 一度は子を想い、穏便にことを進めようとしていたトニーだが、任務である限り彼は個を捨てる。


「……あれは、デッィクさんのものだもん。だから、絶対に渡せないっ……!」

「やむ得ぬか」


 構えを取ったトニーは、一切の猶予を与えることもなく攻撃を放った。


「(いくら星とて、術さえ使わせなければただの子供)」


 この状況では、トニーの方が圧倒的に有利。

 攻撃発動速度、その打点、何を取ってもアルマに勝ち目はない。それは、《星》の持つ自動再生を勘定に入れても、だ。

 この地、光の国内部ですら、アルマの回復スピードは究極に到達している。すなわち、肉体を一瞬で消滅させない限りは、すぐに復活するのだ。

 ただ、それでも痛みがないわけではない。子供の精神構造であるからして、軽減されたダメージですら十数発で精神が破壊されることだろう。


「ッ……」


 攻撃の瞬間、トニーの振り下ろした爪から、勢いが削がれた。

 今日の一日、見る限りでは退屈そうだったトニーだが、何も感じなかったわけではない。

 いずれ成長していくであろう娘の存在とアルマを重ね、どこかで未来を見てしまった。だからこそ、殺しに誤差程度の迷いを含めてしまう。

 死は免れない。それでも、刹那という時間は稼げた。

 一匹のふんわりとした薄茶色の毛を生やした子犬──ポメラニアンに近い──が、トニーの腕に噛み付く。


「犬……いや、これは──ッ」


 トニーが飛び退くと同時に、犬は攻撃を中断し、アルマの元に駆け寄った。


「わ、わんちゃん?」

『私ですよ、アルマ』優しげな女性の声が言う。


 その声を聞いた瞬間、アルマは納得したよう首を縦に振った。


「あっ! あーちゃんだったんだぁ」


 あーちゃんなどという言われ方をしているが、この犬は光の国の《神獣》、アグリアスのようだ。


「でもでも、なんで出てこられるのぉ?」

『アルマが危険であると察したので、分身を用意しました。本当なら、本体で向かいたかったのですが、周囲への負荷を考えると……』

「そうだよねぇ……あっ! おじさんが来ちゃうよ!」


 犬──アグリアスは倒れているトニーを一瞥する。


『あの者はしばらく動けませんよ。体内に純度の高い光のマナを流し込みましたから──ですが、あの者はそれだけでは倒れませんね』


 分身とはいえ、《神獣》が制御しているマナが半端なもののはずがなく、トニーの体は不気味に朽ち始めていた。

 光属性による肉体への干渉が過剰発生し、高速で細胞を死滅させているのだろう。

 それに加え、人間の対存在──闇属性の影響が強い吸血鬼を対象にしている為に、通常の倍率とは桁違いの威力になっている。


「(対抗用の《魔技》を使ってもこの威力か……いや、それどころか──)」


 肉体は凄まじい激痛に呻いているが、トニー自体は至って冷静。平静を保ちつつ、状況を観察していた。

 善大王が闇の国で気分を悪くする比ではなく、トニーの本来負う苦痛は耐え難いものである。

 だからこそ、かつて善大王が白から受け取ったような《魔技》を使い、影響をかなり減らしていた。

 過ごすだけとはいえ、全く影響がないのは、ひとえにトニーの研鑽の結果とでもいうべきか。

 だが、今のアグリアスの一撃により、その《魔技》すら不安定な状態になっている。ただの一撃とはいえ、大きな痛手となった。


『ですが……あの者もかなりの使い手ですね。あの時点で退いていなければ、私のマナが全身に回っていたことでしょう』


 この分身にも制約があるらしく、アルマから一定の射程を離れることができないようだ。

 それこそ、たった一度の跳躍で弓の射程外まで逃れるような、吸血鬼の身体能力があってのものだが。


「やっぱり、強いんだね」

『ええ……ですが、アルマも成長しましたね』


 アルマは己の迷いを捨てていたからか、既に《魔導式》を展開していた。この会話の最中、まさに自分が殺されるかもしれない、という瞬間すらも。


『……来ますよ』

「うん」


 マナの侵食を止め、体外に排出したトニーは、ゆっくりと修復していく己の体を検める。


「十全とはいえないが、君を倒すには十分だ」

「あたしには、あーちゃんもいるから!」


 愛玩犬の姿で威嚇してみせるアグリアスを見ても、トニーは油断を見せなかった。


「よかろう。やれるものならば、やってみろ」


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