7β
全てが終わったかと思われた時、城の中を移動していたトニーは人の気配に気づく。
「(一人見逃していたか。だが、結果は変わらない)」
その気配にゆっくりと近づいていき、扉を開けた。
女性の部屋であることは分かるが、そこに人はいない。いないのだが、微弱な魔力、体温などがベッドの下から検知されていた。
強靱な筋力でベッドを持ち上げ、壁に叩きつけると、そこに隠れていた女性の姿が露わになる。
亜麻色の長髪が印象的な、グラマラスな女性。顔付きからも品が漂っており、纏っている衣服から貴族であることは明白。年は二十の中盤だろうか。
純金製の時計、上質な赤絨毯、机に並べられた細工の凝った化粧品類──これらの物品の豪華さからするに、あの貴族の娘だったのだろう。
気高いのか、全く怯える様子もみせず、むしろ強気に立ち上がった。
「あなたは吸血鬼?」
「そうだ」
「……そう」
不自然な態度、とトニーは感じている。
強がりや演技では心拍などを隠せない。体温も、呼吸も。だが、それらの異常を、彼の人間を越えた感覚が捉えられずにいた。
つまりは、本当に恐怖していないということになる。
すると、急激にトニーの視界が赤く染まった。
それは実際の光景ではなく、強烈な吸血衝動によるフラッシュバック。明滅し、脈動するように、赤が彼の視界を染め上げる。
大量の人間を殺すことは多々あったが、ここまで急激な発作は初めてらしく、喉の乾きを満たすように女性に噛みついた。
首筋に牙が突き刺さり、吸血孔──歯に空いた、血を吸い取る器官──より勢いよく血を吸い込む。
吸血行動を受けた者は激痛に苦しむはずなのだが、その女性は恍惚とした表情を浮かべている。
しかし、生命維持を困難とするほどの血液を奪われ、女性は脱力した。
トニーは女性を投げると、口に残った血液の味に酔いしれる。
しばらく吸っていなかったからこそ、ということではなく、この女性のものは特に上質だったのだ。
まだ吸いたい、もっと欲しいという欲求が沸き出し、既に死体になっていると思われる女性に噛みつこうとする。
途端、女性は平然と立ち上がった。
「初めて、本物の吸血鬼に会ったわ」
「……それはそうだろう」
何故起きている、という言葉を紡ぐことはなかった。
「生き残りはほとんどいない、ということね」
「そうだ。私の知る限り、数人もいない」
生死が不明な者、それに近しい者を含めて数人という表現だ。実際、彼が認知している吸血鬼は、自分を除いて一人だけ。
「《甘美なる血統》、それが私の《超常能力》……私の血を吸った者は、誰もが血への依存を強めるのよ」
まさしく、吸血鬼の天敵になりかけない能力だった。
嗅覚で血液を味わう吸血鬼は、襲うより前から血の味を理解している。皮肉にも、その能力のせいで異常発作を事前に起こしてしまったのだ。
「殺しても結構。その代わり、あなたは耐え難い欲求に、未来永劫悩まされ続けることになる」
怪訝そうな顔をした後、トニーは即決する。
「分かった。連れ帰ろう……だが、この件について口外しようものなら、消す」
「食い扶持を捨てるような真似はしないわ」
実の親が殺された後だというのに、この女性は今後の身の振りようを考えていた。
貴族の娘として身売りをするにしても、他の貴族を頼るにしても、今まで通りの生活は確実にできない。
ならば、一人で町を滅ぼすような実力者──それも、吸血鬼の男についていった方がいい、とすぐに考えたのだろう。
「(計算深い女だ)」
ニヤリと笑う女性を見て、トニーは決して悪い印象を抱かなかった。
恐怖の象徴である吸血鬼を恐れるでもなく、むしろ脅すという精神的な強かさ。
弱く媚びるしかない人間とは違う性質を、内心で楽しんでいたのかもしれない。
それからは、中毒症状を起す前に血を摂取し、大きな影響を起こすこともなく生活をしていた。
任務が入るのであれば、吸い出した血液をアンプルに入れ、所持することで中毒症状を抑える。
その時に、トニーは《甘美なる血統》の効果を知った。
大量に血液を吸い出されても問題がなかったのは、それに見合うだけの莫大なソウルを含ませ、水増しをしていたからだ。
吸血鬼は元来、消費していくソウルの補充に、人間の血液を用いていた。
それが、時代を追う毎に変化していき、血を飲むことを目的とするようになり始めたという。
本質的に言えば、この少量の血液に含まれた多量のソウルというのも、吸血鬼には向いていたのかもしれない。
かくして、それなりにうまく行っていた二人は、やるべきはことはきっちりとやり、子を作ることとなった。
ちょうどその頃だ。子が生まれた三年間の内にトニーは前線を退き、裏方の役割──所謂、今回のような役割を負うことになったのは。




