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大空のフィア  作者: マッチポンプ
中編 少女と皇と超越者
273/1603

 全てが終わったかと思われた時、城の中を移動していたトニーは人の気配に気づく。


「(一人見逃していたか。だが、結果は変わらない)」


 その気配にゆっくりと近づいていき、扉を開けた。

 女性の部屋であることは分かるが、そこに人はいない。いないのだが、微弱な魔力、体温などがベッドの下から検知されていた。

 強靱な筋力でベッドを持ち上げ、壁に叩きつけると、そこに隠れていた女性の姿が露わになる。

 亜麻色の長髪が印象的な、グラマラスな女性。顔付きからも品が漂っており、纏っている衣服から貴族であることは明白。年は二十の中盤だろうか。

 純金製の時計、上質な赤絨毯、机に並べられた細工の凝った化粧品類──これらの物品の豪華さからするに、あの貴族の娘だったのだろう。

 気高いのか、全く怯える様子もみせず、むしろ強気に立ち上がった。


「あなたは吸血鬼?」

「そうだ」

「……そう」


 不自然な態度、とトニーは感じている。

 強がりや演技では心拍などを隠せない。体温も、呼吸も。だが、それらの異常を、彼の人間を越えた感覚が捉えられずにいた。

 つまりは、本当に恐怖していないということになる。

 すると、急激にトニーの視界が赤く染まった。

 それは実際の光景ではなく、強烈な吸血衝動によるフラッシュバック。明滅し、脈動するように、赤が彼の視界を染め上げる。

 大量の人間を殺すことは多々あったが、ここまで急激な発作は初めてらしく、喉の乾きを満たすように女性に噛みついた。

 首筋に牙が突き刺さり、吸血孔──歯に空いた、血を吸い取る器官──より勢いよく血を吸い込む。

 吸血行動を受けた者は激痛に苦しむはずなのだが、その女性は恍惚とした表情を浮かべている。

 しかし、生命維持を困難とするほどの血液を奪われ、女性は脱力した。

 トニーは女性を投げると、口に残った血液の味に酔いしれる。

 しばらく吸っていなかったからこそ、ということではなく、この女性のものは特に上質だったのだ。

 まだ吸いたい、もっと欲しいという欲求が沸き出し、既に死体になっていると思われる女性に噛みつこうとする。

 途端、女性は平然と立ち上がった。


「初めて、本物の吸血鬼に会ったわ」

「……それはそうだろう」


 何故起きている、という言葉を紡ぐことはなかった。


「生き残りはほとんどいない、ということね」

「そうだ。私の知る限り、数人もいない」


 生死が不明な者、それに近しい者を含めて数人という表現だ。実際、彼が認知している吸血鬼は、自分を除いて一人だけ。


「《甘美なる血統》、それが私の《超常能力》……私の血を吸った者は、誰もが血への依存を強めるのよ」


 まさしく、吸血鬼の天敵になりかけない能力だった。

 嗅覚で血液を味わう吸血鬼は、襲うより前から血の味を理解している。皮肉にも、その能力のせいで異常発作を事前に起こしてしまったのだ。


「殺しても結構。その代わり、あなたは耐え難い欲求に、未来永劫悩まされ続けることになる」


 怪訝そうな顔をした後、トニーは即決する。


「分かった。連れ帰ろう……だが、この件について口外しようものなら、消す」

「食い扶持を捨てるような真似はしないわ」


 実の親が殺された後だというのに、この女性は今後の身の振りようを考えていた。

 貴族の娘として身売りをするにしても、他の貴族を頼るにしても、今まで通りの生活は確実にできない。

 ならば、一人で町を滅ぼすような実力者──それも、吸血鬼の男についていった方がいい、とすぐに考えたのだろう。


「(計算深い女だ)」


 ニヤリと笑う女性を見て、トニーは決して悪い印象を抱かなかった。

 恐怖の象徴である吸血鬼を恐れるでもなく、むしろ脅すという精神的な強かさ。

 弱く媚びるしかない人間とは違う性質を、内心で楽しんでいたのかもしれない。

 それからは、中毒症状を起す前に血を摂取し、大きな影響を起こすこともなく生活をしていた。

 任務が入るのであれば、吸い出した血液をアンプルに入れ、所持することで中毒症状を抑える。

 その時に、トニーは《甘美なる血統》の効果を知った。

 大量に血液を吸い出されても問題がなかったのは、それに見合うだけの莫大なソウルを含ませ、水増しをしていたからだ。

 吸血鬼は元来、消費していくソウルの補充に、人間の血液を用いていた。

 それが、時代を追う毎に変化していき、血を飲むことを目的とするようになり始めたという。

 本質的に言えば、この少量の血液に含まれた多量のソウルというのも、吸血鬼には向いていたのかもしれない。

 かくして、それなりにうまく行っていた二人は、やるべきはことはきっちりとやり、子を作ることとなった。

 ちょうどその頃だ。子が生まれた三年間の内にトニーは前線を退き、裏方の役割──所謂、今回のような役割を負うことになったのは。


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