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大空のフィア  作者: マッチポンプ
中編 少女と皇と超越者
270/1603

5

善大王はいつもどこの部屋にいるのだ?」

「あの部屋だよぉ。今日はこっそり借りちゃってたの」


 いくら姫とはいえ、国家機密級の情報──他国のものを含まれている──が多くある部屋を自由にできるはずもなく、勝手に使っていたようだ。

 ともあれば、本当の彫金師は今頃執務室に向かっていることだろう。もしそれがシナヴァリアに見つかれば、どうなるかは言うまでもない。


「おじさん、こっちこっち」


 黒いマントを隠し、なるべく一般人に紛れようとしているトニーだが、暗色系の服を着る者がいないので私服ですらかなり浮いていた。

 案内と聞いていたが、ここまで派手にされるとは思って居なかったのだろう。

 アルマは早速、店に目をつけて手をこまねいた。

 歩いて近付いていくと、そこがクレープ屋であることが判明する。


「これ、おいしいんだよぉ」


 返事を待つこともなく、アルマはさっさと注文を始めた。

 黙って様子を見ていたトニーだが、こうしている間も攻め込む手を考察している。無駄な時間は、僅かにも存在していないのだ。


「あっ、お金持ってくるの忘れちゃったぁ」


 店主は黙って被りを振った。いくら王族とはいえ、無料提供をするような甘さを持ち合わせて居ないようだ。

 親衛隊が手回しをしているのかもしれない。どこかの駄目姫(・・・)のようにならないように、と。

 最初こそは我慢をしていたが、すぐに泣き出しそうになり、鼻を啜り出した。


「……私が払おう」

「えっ? いいのぉ」

「構わない」


 実費で支払いを済ませると、できたてのクレープが二つ手渡される。

 おいしそうに食べるアルマを見た後、トニーも口を付けた。瞬間、あまりの甘さに目を細める。


「(……耐え難い甘さだ)」


 甘党ではない為か、トニーの口には合わなかったようだ。

 アルマ姫がお得意様の店、ということで旅行者や女子供の間では人気だが、男性からすれば少々きつい甘さである。

 しかし、対面にはおいしそうに食べるアルマがいるのだから、食べずに終わるということもできなかった。

 飲み込むように食し終えると、後に引く甘さに顔を青くさせる。

 生クリームとバナナとチェリー。チョコレートソースにカスタードクリームと、とりあえず甘いものを片っ端に突っ込んだようなクレープ。

 生地にまで砂糖が多めに入れられているので、一つ食べれば大抵の者は満足してしまう。


「もう一個食べたいなぁ。食べたいなぁ」

「……分かった」


 アルマの分だけを購入し、直接手渡しをする。

 甘さを享受し、幸せそうな顔をしているアルマに、トニーは問いかけた。


「善大王のことについて教えてもらえないか?」

「ふごっ……えっ、善大王さん? うーん、すごい人!」

「もう少し具体的に聞かせてもらいたいのだが」

「善大王さんのことは好きだよぉ? 優しくて、頭良くて! いつも遊んでもらってるのぉ。でも、善大王さんにはふーちゃんがいるからなぁ」


 善大王はアルマの散歩に付き合い、茶会などを開いている。

 もちろん、そのほとんどにフィアと親衛隊のオプションが付いてくるが、恋愛感情の乏しい彼女からすれば人が多いだけで楽しいのだ。


「天の星がいるともなると、気が引けるであろう?」

「星でも、ふーちゃんは別なのぉ! ずっと、ずーっと友達なのっ!」


 別段役に立つ情報ではなかったので、トニーは記憶の片隅に留める程度で終える。

 続いてアルマが向かったのは、善大王も使っていた喫茶店だった。


「王族がこのような場所を使うとは、珍しい」

「ここの方が楽ちんだよぉ。すごい方は、よく怒られちゃうの」


 マナーが原因なのだろう、とすぐに察し、トニーは深く追求しない。

 ウエイトレスが来ると、アルマはトニーの分まで注文した。言うまでもなく、両方とも紅茶である。


「おじさんは大人だから、コーヒーのほうが良かったぁ?」 

「いや、構わない」


 飲料についてはそこまでこだわりはなかった。それでも、光の国の紅茶が上質である程度は理解しており、トニーは決して悪い反応を示してはいない。

 互いに茶を啜り、アルマが一方的に──そして楽しそうに話をしていた。

 トニーはそれを静かに聞く。楽しい話ではないにしても、彼女のあまりにも無防備で、そして無邪気な態度には思うところがあったのだろう。

ただ、そうしていつまでも呑気しているわけにもいかず、タイミングを窺って情報を聞きだす。


「善大王はどんな場所に行くのだ?」

「えっとね、よく城下町にきてるんだよぉ」


 人間は何かを隠し、それが絶対ではないと感じた際には、頻繁に隠し場所に立ち寄るという。

 神器が危険と認知していれば、それを誰かに発見されまいと、定期的に確認していてもおかしくはない。


「(だが、その場合は城に隠さない理由が見つからない……私のような存在を読んでいたのか)」


 一度は考えたが、トニーはその考えをすぐに放擲する。

 どんなリスクを考慮したとしても、城下町のように誰でも──光の国の住民ならば──入れる場所に置けば、偶然で発見されることもあり得るのだ。


「善大王は何をしている? 視察のようなことなのか」

「ふーちゃんはね、善大王さんが女の子と遊んでいるのを怒ってたよ? なんでだろうねぇ」


 それはつまり、女遊び──少し違うような気もするが──をしているから、という言い回しに聞こえる。もちろん、アルマは本当に意味を理解していないだけだろう。


「なるほど……」

「おじさんって善大王さんのこと良く聞くねぇ。善大王さんってかっこいいからねぇ」

「そうだな」


 かなりがっつき気味な質問だが、アルマはすべてに答えていた。やはり、そこに何かしらの意図があるわけでもない。

 しかし、このままでは《聖魂釘》を回収することはできない。強引な手を取ってでも、アルマから聞き出す──ともなれず、トニーは再び軽い問いを投げた。


「神器というものを知っているかね」

「知ってるよぉ。ディックさんっていう人が持ってたの」


 ディックの名前が出た時、トニーは命中したという感触を得た──のと同時に、表情に暗い影を落とした。

 死亡した聖堂騎士の中に、神器を持っていた人間……《選ばれし三柱(トリニティア)》がいたことはトニーの耳にも入っている。

 同じく(・・・)神器を持つ者だけに、トニーは複雑な思いを抱かずにはいられなかった。


「……ディックは──《聖魂釘》の使用者は死亡している」


 しばらく静寂に包まれ、氷が溶け、転がる音だけが二人の耳に響く。


「えっ? なんで、ディックさんは生きてるって……善大王さんが」

「彼は事情を知らなかったのだろう。だが、それが事実だ」

「な、ならサクヤさんに伝えなきゃ……教えてあげなきゃ」


 トニーは焦っていた。

 半ば無意識に余計な事実を告げていたことに、そしてあの若人に配偶者がいたことに。


「……伝えてくるといい。私は部外者だ、後で落ち合おう」

「う、うん……」


 トニーの告げた事実は筋が通っているだけに、アルマは会計もせずに喫茶店の外に出て行った。


「……本当に、余計なことをしたものだ」


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