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善大王はいつもどこの部屋にいるのだ?」
「あの部屋だよぉ。今日はこっそり借りちゃってたの」
いくら姫とはいえ、国家機密級の情報──他国のものを含まれている──が多くある部屋を自由にできるはずもなく、勝手に使っていたようだ。
ともあれば、本当の彫金師は今頃執務室に向かっていることだろう。もしそれがシナヴァリアに見つかれば、どうなるかは言うまでもない。
「おじさん、こっちこっち」
黒いマントを隠し、なるべく一般人に紛れようとしているトニーだが、暗色系の服を着る者がいないので私服ですらかなり浮いていた。
案内と聞いていたが、ここまで派手にされるとは思って居なかったのだろう。
アルマは早速、店に目をつけて手をこまねいた。
歩いて近付いていくと、そこがクレープ屋であることが判明する。
「これ、おいしいんだよぉ」
返事を待つこともなく、アルマはさっさと注文を始めた。
黙って様子を見ていたトニーだが、こうしている間も攻め込む手を考察している。無駄な時間は、僅かにも存在していないのだ。
「あっ、お金持ってくるの忘れちゃったぁ」
店主は黙って被りを振った。いくら王族とはいえ、無料提供をするような甘さを持ち合わせて居ないようだ。
親衛隊が手回しをしているのかもしれない。どこかの駄目姫のようにならないように、と。
最初こそは我慢をしていたが、すぐに泣き出しそうになり、鼻を啜り出した。
「……私が払おう」
「えっ? いいのぉ」
「構わない」
実費で支払いを済ませると、できたてのクレープが二つ手渡される。
おいしそうに食べるアルマを見た後、トニーも口を付けた。瞬間、あまりの甘さに目を細める。
「(……耐え難い甘さだ)」
甘党ではない為か、トニーの口には合わなかったようだ。
アルマ姫がお得意様の店、ということで旅行者や女子供の間では人気だが、男性からすれば少々きつい甘さである。
しかし、対面にはおいしそうに食べるアルマがいるのだから、食べずに終わるということもできなかった。
飲み込むように食し終えると、後に引く甘さに顔を青くさせる。
生クリームとバナナとチェリー。チョコレートソースにカスタードクリームと、とりあえず甘いものを片っ端に突っ込んだようなクレープ。
生地にまで砂糖が多めに入れられているので、一つ食べれば大抵の者は満足してしまう。
「もう一個食べたいなぁ。食べたいなぁ」
「……分かった」
アルマの分だけを購入し、直接手渡しをする。
甘さを享受し、幸せそうな顔をしているアルマに、トニーは問いかけた。
「善大王のことについて教えてもらえないか?」
「ふごっ……えっ、善大王さん? うーん、すごい人!」
「もう少し具体的に聞かせてもらいたいのだが」
「善大王さんのことは好きだよぉ? 優しくて、頭良くて! いつも遊んでもらってるのぉ。でも、善大王さんにはふーちゃんがいるからなぁ」
善大王はアルマの散歩に付き合い、茶会などを開いている。
もちろん、そのほとんどにフィアと親衛隊のオプションが付いてくるが、恋愛感情の乏しい彼女からすれば人が多いだけで楽しいのだ。
「天の星がいるともなると、気が引けるであろう?」
「星でも、ふーちゃんは別なのぉ! ずっと、ずーっと友達なのっ!」
別段役に立つ情報ではなかったので、トニーは記憶の片隅に留める程度で終える。
続いてアルマが向かったのは、善大王も使っていた喫茶店だった。
「王族がこのような場所を使うとは、珍しい」
「ここの方が楽ちんだよぉ。すごい方は、よく怒られちゃうの」
マナーが原因なのだろう、とすぐに察し、トニーは深く追求しない。
ウエイトレスが来ると、アルマはトニーの分まで注文した。言うまでもなく、両方とも紅茶である。
「おじさんは大人だから、コーヒーのほうが良かったぁ?」
「いや、構わない」
飲料についてはそこまでこだわりはなかった。それでも、光の国の紅茶が上質である程度は理解しており、トニーは決して悪い反応を示してはいない。
互いに茶を啜り、アルマが一方的に──そして楽しそうに話をしていた。
トニーはそれを静かに聞く。楽しい話ではないにしても、彼女のあまりにも無防備で、そして無邪気な態度には思うところがあったのだろう。
ただ、そうしていつまでも呑気しているわけにもいかず、タイミングを窺って情報を聞きだす。
「善大王はどんな場所に行くのだ?」
「えっとね、よく城下町にきてるんだよぉ」
人間は何かを隠し、それが絶対ではないと感じた際には、頻繁に隠し場所に立ち寄るという。
神器が危険と認知していれば、それを誰かに発見されまいと、定期的に確認していてもおかしくはない。
「(だが、その場合は城に隠さない理由が見つからない……私のような存在を読んでいたのか)」
一度は考えたが、トニーはその考えをすぐに放擲する。
どんなリスクを考慮したとしても、城下町のように誰でも──光の国の住民ならば──入れる場所に置けば、偶然で発見されることもあり得るのだ。
「善大王は何をしている? 視察のようなことなのか」
「ふーちゃんはね、善大王さんが女の子と遊んでいるのを怒ってたよ? なんでだろうねぇ」
それはつまり、女遊び──少し違うような気もするが──をしているから、という言い回しに聞こえる。もちろん、アルマは本当に意味を理解していないだけだろう。
「なるほど……」
「おじさんって善大王さんのこと良く聞くねぇ。善大王さんってかっこいいからねぇ」
「そうだな」
かなりがっつき気味な質問だが、アルマはすべてに答えていた。やはり、そこに何かしらの意図があるわけでもない。
しかし、このままでは《聖魂釘》を回収することはできない。強引な手を取ってでも、アルマから聞き出す──ともなれず、トニーは再び軽い問いを投げた。
「神器というものを知っているかね」
「知ってるよぉ。ディックさんっていう人が持ってたの」
ディックの名前が出た時、トニーは命中したという感触を得た──のと同時に、表情に暗い影を落とした。
死亡した聖堂騎士の中に、神器を持っていた人間……《選ばれし三柱》がいたことはトニーの耳にも入っている。
同じく神器を持つ者だけに、トニーは複雑な思いを抱かずにはいられなかった。
「……ディックは──《聖魂釘》の使用者は死亡している」
しばらく静寂に包まれ、氷が溶け、転がる音だけが二人の耳に響く。
「えっ? なんで、ディックさんは生きてるって……善大王さんが」
「彼は事情を知らなかったのだろう。だが、それが事実だ」
「な、ならサクヤさんに伝えなきゃ……教えてあげなきゃ」
トニーは焦っていた。
半ば無意識に余計な事実を告げていたことに、そしてあの若人に配偶者がいたことに。
「……伝えてくるといい。私は部外者だ、後で落ち合おう」
「う、うん……」
トニーの告げた事実は筋が通っているだけに、アルマは会計もせずに喫茶店の外に出て行った。
「……本当に、余計なことをしたものだ」




