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藍色の瘴気が立ちこめ、全員がせき込み始めた。
あれは闇の九十九番・黒霧。闇属性以外の術を完全に封じる霧を生み出す術だ。
しかし、この空気はそれとは別の効果を持っているようにも感じる。そもそも、これは霧なんてものではない。文字通りに瘴気だ。
次々と倒れていく者が目に入り、呼吸を中止する。毒素が含まれているに違いない。
この力が広がりきれば《魔導式》が維持できなくなる。その前に一発でも……。
《魔導式》を展開するが、既に効果が周囲に拡散してしまったらしく、空気中での維持は不可能だった。
崩壊する《魔導式》を見て、俺は諦めを覚えた。
勝てない……力が違いすぎる。
無力感に襲われ、空気を吸おうとした瞬間、俺は大きく瞬きをした。
ここで俺が死ねば、フィアとの約束が果たせなくなる。あいつは俺が助けてやらなければ、ずっとあのままだ。
なら、一つの可能性に賭ける。一瞬だけでも時間を作れれば、少しでも逃げられる奴が増えるかもしれない。
俺は自身の体に刻み込んだ《導式》を起動させた。
腹部が黄色に輝き、発動の準備が整う。
「《光ノ八十三番・眩光》」
眩しい光が周囲を照らし、瘴気を緩和した。
数人が目を覚まし、少しずつだが離れていく。しかし、この効果はそう長く続かない。そして……。
「かはっ……」
俺は血を吐き出し、地面に倒れた。
今使った技術は奥の手。導力を精製する器官と直結させ、一時的に超常能力如く瞬間発動を可能とする技。
代償は凄まじい激痛。攻撃性を得た導力が器官内で暴れ回り、エネルギーの操作を困難とさせる。
これは超常能力者にも言えることであり、彼らも《導術》や《魔技》を使うことはできない。
薄れゆく意識をとどめ、《魔導式》を描いていく。希薄な式だが、それでも確実に刻まれていた。
しかし、瘴気が再び満ち初め、光の文字は水泡のように消滅していく。
「ここまで……か」
「善大王さん! これなら間に合うよ」
その声を聞いた瞬間、俺の目は開かれた。
「《風ノ八十四番・山嵐》」
強風が吹き、周囲を包み込んでいた瘴気を吹き飛ばす。
ティアは俺の横を通りすぎると、魔物に接近し、頭に飛び乗った。
「《風ノ六十一番・衝風》」
手の平より圧縮された風が放たれ、魔物の外殻を打ち砕く。そのまま数発の蹴りを叩き込むと、ティアは振り落とされた。
空中を舞いながら《魔導式》を展開し、再び詠唱する。
「《風ノ六十九番・鎌鼬》」
鎌鼬が魔物の四肢を切断し、移動能力を奪い去った。
俺が知っている術の威力を越えている。ティアは、いったい何者なんだ。
「善大王さん、とどめはお願い!」
俺は声を頼りに、見えなくなった目で照準を合わせた。
未完成だった《魔導式》は既に刻みきっている。あとは、発動させるだけ。
「《光ノ百三十九番・光子弾》」
強い光を放ち、《魔導式》は大気に溶けていく。そして、高密度に集束された光の線が精製された。
それは目にも写らない速度で放たれ、魔物の胴体を貫いた。
魔物は呻きをあげると、瞳に灯っていた光を消す。
次第に巨体が大気に溶けていき、最後には完全に消滅した。
「勝った……のか?」
「うんっ! 勝った勝った! やったねっ!」
俺は口許を綻ばせたが、意識が急激に遠のいていった。
「善大王さん? 善大王……さん! 起きて! ねぇ!」
激痛、安心感。それらが俺の意識を繋ぎ止めていた鎖を断ち切り、闇へと落とす。