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大空のフィア  作者: マッチポンプ
中編 少女と皇と超越者
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4

「どうにか、辿りついたか」


 当初の予定通り、光の国へと到着したトニーは遠くからライトロード城を観察していた。

 現在の位置は城壁の外。ただ、そこを突破するのが難しいからこそ、遠目に見ているというわけではない。

 光の国の最大の関門は、城下町にまで張り巡らされた監視網。一部を破壊したとしても意味がないというのだから、侵入は生半可な覚悟ではできない。

 しかし、それは飽くまでも正攻法での話。組織が表の世界に通じているからには、対策を打つことも可能だ。

 ここでの観察も、如何に最速で城に到達できるかを調べているだけに過ぎない。監視網で引っかからなくとも、人目に触れることは避けることに越したことはないのだ。

 ある程度の算段が立った時点で、トニーは壁を垂直走りで登り出す──もう一度言う、垂直走りだ。

 導力を用いた壁のぼりはエルズも行っていたが、トニーは単純な肉体能力でこれを実行している。落ちる速度よりも速く進む、を地で行っているわけだ。

 ある地点に到達した時点で家一軒分はあるだろうという跳躍を見せ、一気に壁を突破する。

 空気の振動から人の気配も察知しており、魔力の希薄な民が付近に居ないことも確認済みだった。

 人のいないルートを選択して進んでいきながらも、俊足の者が最短距離で全力疾走する以上に早く城へと到達する。

 城の中の警備は厳重だが、それでも魔力も比較的上昇する為、観測精度は凄まじく上昇していた。これであれば、トニーが間違えるはずもない。

 悠々と進んでいると、一人の男が目つきを変えた。


「……誰かいる」


 トニーに気付いたのは、シナヴァリアだ。

 鋭い視線を曲がり角に向けている。その先には、彼の読んだ通りにトニーがいるのだ。


「(この国にも、鋭い使い手はいるようだな)」


 敬意を示しながらも、トニーは別ルートへと切り替え、すぐさまシナヴァリアから距離を取った。

 いくら気付かれたとはいえ、トニーが監視網に引っかかるようになるには時間が掛かるだろう。

 何せ、その監視網の管理者に内通者がいるのだから。

 かつて送った医者(・・)が採用に口利きしているだけに、立場も悪くはない。そして、叩いても埃は出てこない。

 そこからは誰に気付かれることもなく、執務室へと到達した。

 内部にシナヴァリアの魔力が残留しているが、そこに本人がいないことは明白。

 扉を開け、中に入ったトニーは事前情報に従い、《聖魂釘》のあるであろう第一候補から当たることにした。

 それこそが、この執務室。善大王が持っているのであれば、自室に隠している可能性が高い。ごく普通の考えだ。

 トニーはそれだけに留まらず、神器を持った人間が──適正のない人間がどうなるかを知っているだけに、ここに置かれている可能性は高いとみていた。

 しかし、どこを探ってもそれらしきものは見つからず、発見されたものはといえば女児の下着くらいのものだった。


「(善大王とて、あれが危険なものであることは承知のはず……それを自分の傍から離すか?)」


 疑問に思った途端、扉が開かれる。

 だが、トニーはシナヴァリア以外に気付かれるはずがないと考え、魔力を最小限にしてから机の下に隠れた。

 安直過ぎる手にも思えるが、トニーの気配は完全に消えている──熱や呼吸まで。


「まだかなーまだかなー」


 聞こえてきた声が子供のものと知り、トニーは怪訝そうな顔をする。

 どうして執務室に子供が入れるのか、天の巫女は不在なのではないか、と。

 しかし、それ以上にトニーは幸運にも感じていた。

 見つからないのであれば、この娘に聞けばいい、と。子供であれば助けを呼ぶという手を思いつかない可能性もあり、かつ一瞬で殺せる。

 机の下から出ると、アルマは驚いたような顔をした。ただ、実際に驚いたのとは違うように見える。


「(指輪職人さんかな? なんであんなところにいたんだろ)」


 疑問に思うアルマとは対象的に、トニーは正体を看破していた。

 天使の輪のようなアホ毛、姫らしくもない赤頭巾。身体的な要素を参照していないだけに、判明速度は速い。


「(光の星か……どおりでこの部屋に入ってきたわけだ)」


 近付いて脅そうとした時、アルマが先制して手を握ってきた。

 これについては完全な予想外だったらしく、トニーも攻撃の手を出せずに止まってしまう。


「待ってました!」

「……なに?」


 待っていた、という言葉が出た瞬間、トニーは一つの可能性を見た。

 内通者から既に割れていた、もしくは移動中に感付いていた男──シナヴァリアだ──が教えたのか。

 相手が《光の星》であるのであれば、ただの妄想という話では留まらない。

 警戒するトニーとは対象的に、アルマは人懐っこい様子で彼の手を握り、走り出そうとした。


「ど、どこに行くのだ」

「えっ? ダメ?」


 否定文を出せず、言葉を詰まらせていると、アルマは再度問う。


「おじさんはどこから来たのぉ?」

「……他国から来た」


 裏がない、という希薄な確率に触れ、トニーは当たり障りのない返答をした。

 だが、王家御用達の彫金師なのだから、他国というのは少し不自然にも感じる。言い訳は何とでもできるにしても、疑惑を抱かれかねないのだ。

 発言の迂闊さはトニーも理解の上で、最悪の場合は交戦するという気合で返答を待つ。


「そうなんだぁ。じゃあ、案内するよ!」


 アルマは単純に頭が弱いので、問題に気付きすらしなかった。

 トニーからすれば幸運だが、どうでもいいところで肝を冷やした、と自嘲をせざるを得なくなっている。


「お願いしよう」


 本来ならば、無視をして逃亡が最善手のように思えるだろう。

 ただ、それをすればアルマに疑問を抱かせる。余計な交戦の可能性が増えてしまうのだ。

 それどころか、トニーは神器の場所を知らない。ならば、善大王と接触していてもおかしくないアルマより情報を引き出す、というのは一考の余地があった。

 リスクこそあるが、保身よりも任務の達成を優先するのであれば、これ以外の選択はないと言える。


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