3
アルマはとても子供らしい子供と思えるが、何も闇を抱えずに生きていたわけではない。
自分と遊ぶ最中にも、先代が別の少女と関わっていることも知っていた上、彼の晩年にはその接触回数は目に見えて増えていたのだから。
人間である以上、嫉妬することも多く、子供だからこそそれを素直に明かしてもいた。
「なんかずっこいよぉ! あの子誰なのぉ?」
「あの子? ……ああ、アカリのことだね」
アルマが怒っていることを知らない先代は、平然と告げる。
「あたしともっと遊んでほしいのぉ!」
「ごめんごめん。でも、あの子も苦労しているからね……」
「そうなのぉ?」
「うん、両親がいないんだよ。だから、本当なら僕が父親になってあげるべきだったんだけど、あの子はこの国の為に働いてくれている」
小難しい話題が入り、アルマは良く分からなくなった。
それでも、先代の様子からアカリが苦労しているということだけは分かり、納得するように頷く。
「遊んでくれなくなったり、しないよね?」
「もちろん。どうにか、時間は作ってみせるよ」
アルマは、フィア程ではない──彼女は極端すぎる──にしても、先代のことを好いていたのだろう。
その想いが恋慕だとしても、この時のアルマには、知る良しもなかった。
アルマが十歳の時、先代は死亡した。
それより以前から病床に臥し、笑みを浮かべることすら減らしていた彼だが、死の運命を逃れることはできなかった。
もちろん、アルマも光属性の術や封印術を用い、病の治療や進行の阻止に手を尽くしている。
それでも、何も変わらなかった。
根本的に、先代の病は通常のそれとは異なった場所にあったのだ。
治療班に混じり、症状から病を付き当てようともしたが、それでも何一つ該当するものは見つからない。
独力で本を調べ、別の方法でアプローチを図るも、やはり無意味でしかなかった。
そうして何度も治療する最中、先代もまた、何度も告げていたことがあった。
『もう、いいんだよ』
彼は死を知覚し、それが覆らないことも知っていた。
そして、死の数日前にアルマへ告げたのは、彼らしくもない言葉。
「次の善大王が来たら、仲良くしてあげてほしい。できることなら、助けてあげてくれないかな……」
アカリに頼んだ内容と、同じものだった。
きっと、先代はアカリが自分の願いを聞き届けてくれない、と察していたのだろう。信用云々ではなく、彼女の性質から。
「うんっ、任せて……でも」
「それと、できればだけど──アカリに伝えてほしい伝言があるんだ」
ここで関係のない女性の話題が出てきた。フィアであれば激怒するところだが、アルマは慈しみの心から、頷く。
全てを言い終えた後、先代の瞳からは光が消えていった。
「アルマちゃん…………楽しかった」
その声を最後に、先代の肉体から魔力が完全に途絶える。
死を認識したアルマは、涙を流すこともなく、逝った先代の姿をしばらく見つめ続けた。
──客観視すれば悲しい思い出なのだが、アルマからすれば大切な思い出だった。
彼女は涙ではなく、過ごした時間が楽しかったと言った先代善大王の為、笑顔であり続けた。
そうして積み重ねられていく記憶で織り成し、人を好く気持ちから、アルマは二人に送るべき術を作り出す。
「……あと、少しかなぁ」
アルマは封印術の構想をおおよそ纏め終え、紙に書き出した。
そこに来て、ようやく一つのことに気付く。
「指輪も作らないとなぁ……でも、どうしよぉ、作り方分からないよぉ」
一番大事なことを思い出したアルマだが、根本的な解決策は全く思いつかなかった。
ただ、何もかもが止まっているというわけではなく、すぐに一つの方法が導き出される。
「指輪職人さんに頼も! えっと……お城に呼ばないとだねぇ」
通信術式を開くと、親衛隊の者に連絡を取った。
『はい、姫様』
「あのね、指輪職人さんを教えてほしいのぉ」
『指輪職人……はい、王家繋がりの彫金師なら紹介できますが』
「いるんだね。なら、名前とかを教えてもらってもいいかなぁ」
ごく普通な返答だが、親衛隊は驚いたような声で返す。
『依頼なら私が出しますよ』
「うーん……じゃあ、お願いするねぇ」
待ち合わせなどの詳しい情報を聞き終えると、礼を言ってから通信術式を切った。




