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大空のフィア  作者: マッチポンプ
中編 少女と皇と超越者
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2

 ──七年前、ライトロード城にて……。


「おにーさん! おにーさんっ!」


 まだ六歳のアルマ。容姿は今以上に幼く、手も小さければ、体付きも女性らしくはない。

 両手を伸ばし、跳ねながらスキンシップを求めた相手は、先代の善大王だった。


「どうしたんだい、アルマちゃん」


 善大王のように計算しつくされた動きではなく、自然に屈みこんだ先代はアルマの頭を撫でる。

 頬を赤らめ、満面の笑みを浮かべるアルマを見て、引き寄せられるように彼も笑った。


「アルマちゃんを見ていると、僕まで笑顔になっちゃうよ」

「えへへ」


 この時代のアルマは、今以上に人懐っこかった。特に、先代への執着はかなりのもの。

 それこそフィアのように執務室までついていき、邪魔にならない程度で雑談などを挟んでくる。

 善大王(・・・)と違い、先代は努力の人という呼称が相応しい人間であり、暇を持て余すことはそうそうなかった。

 それでも、アルマと遊ぶ為に時間を作り、夕刻で終わるような仕事を夜まで続ける程。

 そんな、負担を重ねた子守は──ある意味の恩返しによって報われた。


「おにーさん?」

「ん? どうしたんだい?」


 先代は机から視線を離し、アルマへと向ける。


「なにやってるの?」

「えっ? いやぁ、ちょっと気晴らしに術をね」

「どんなの! どんなの!」


 興味を持ったらしく、アルマはいつものようにオーバーアクションで問いかけた。


「封印術って言うんだけど……分かるかな」

「うん! 術は分かるよ!」

「へぇ、さすがは巫女さんだね。じゃあ、これは分かるかな?」


 簡単な封印術の式を速記し、アルマに見せる。


「うーん、わかんない」

「あはは、わかんないか。そうだ、じゃあアルマちゃんに教えてあげようか」


 天性の甘え上手故か、アルマは先代からお誘いを受けていた。

 ただ、《星》ならば使えて当然と思うかも知れないが、アルマは実際に知らない。偶然で、最高の状況を仕立て上げたのだ。


「えっ? いいの? おしえて! おしえて!」

「いいよ。じゃあ、今度また時間を作るよ」


 こうして、アルマは封印術の勉強を約束した。

 兄のような存在として先代を慕っていたアルマからすれば、これはとても楽しみなイベントだったに違いない。

 そうして、約束の日。先代は忙しさを理由にすることもなく、その場に現れた。


「よし、じゃあ教えてあげるね」


 先代の教え方は上手ではあった。ただ、それは術が分かる相手にだけ通じる説明、というべきか。

 少なくとも、六歳のアルマには、通じるはずもない説明だった。


「──この、悪さする子は剣をもった正義の味方に弱いんだ。そういう風に、倒さなきゃいけない子を見つけて、その子につよい正義の味方を出す、分かったかな?」


 当該の問題に対し、もっとも有効な種類の封印を施し、効率的な術の運用をする。封印術における基本だが、子供に通じるようにたとえ話になっているようだ。

 ただ、この理屈はなかなかに伝わらない。

 封印術は基本的に万能ではないのだ。対応する病気に対して有効な薬があるのと同じように、薬であれば何でもいいということはない。

 ただ、先代の言い分はもっと深く、有効な薬の中でも特に限定して効き易い薬を探そう、という提案に近いのだ。

 その最適化こそが封印術の醍醐味という考えが主流であり、先代は趣味として構想を練ったりもしている。


「アルマも正義の味方みつけるー!」

「うん。頑張ろうね」


 最初こそはそんな具合だったが、アルマの吸収速度は凄まじかった。

 術を知っている、と言っただけはあり、ロジックなどを瞬時に理解していく。仕組みさえ分かれば、後は簡単だった。

 ものの一ヶ月でアルマは封印術の基礎を完全に習得し、応用についても一線級になったほど。

 そうして、実力者となったアルマは良い話相手になった。


「制圧用の封印術なんだけど、これはどう思うかな」

「……ちょっと痛そうだよ? それに、もっと強く縛れそう!」

「なるほど……確かにそうだね」


 暴動制圧用の封印術。これは行動阻害系、という説明の方が分かりやすいかもしれない。

 痛覚と拘束能力によって制圧するのが王道だが、アルマはあえて縛り付けることの重要性を見た。

 ただ、それは理想論でしかない。先代は相手を痛めつけることを嫌い、かなり威力を制限してこの術を作り出している。

 しかし、アルマが代替案として提示した式を見た途端、先代は目を丸くした。


「痛覚緩衝が入ってないけど」

「この式なら、痛くないけど、強く縛れると思うよ?」


 それは、神経機能を抑制する形式だった。命令をほとんど遮断し、身動きを取れないようにするという手。

 説明されれば理解できるが、そこまでの深い封印命令は、未だ存在すらしていなかった。

 封印術のエキスパートである先代すら、運動機能の封印が最上級手段と見ていた程。

 これであれば、痛覚をそもそも遮断する必要もなく、術を発動させるまでに掛かる時間を短くできる。

 それどころか、痛覚緩衝を入れない為に、拘束に回すリソースも拡張された。


「アルマ、君はすごいよ! いい才能を持っているね」

「そうかなぁ? おにーさんに褒めてもらって、うれしっ」


 この時から、アルマはエルフとしての能力を無自覚に使い始めていた。

 どういう経過を辿り、どういう結果に導きたいか。それらの具体的な命令文と、先代に抱く愛情とを混ぜ合わせ、答えが自動的に算出される。

 遥か古の時代、神が術の概念を普及させる為に作り出した種族だけに、人間とは歩んでいる世界が違うのだ。


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