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そうして訪れてしまった結婚式当日……。
フィアは空色と黄色に染められた花嫁衣装を身に纏い、ビフレスト王と共に式場の中を進んでいく。
「フィア、本当に結婚するつもりなのか」
最後の確認をするかのように、ビフレスト王は小さな声で言う。
「うん。ライトとずっと一緒にいたいから」
「……フィアは、理解しているのか? ずっと、という意味を──苦しませることにならないか?」
「お父様、ごめんなさい」
「いや、幸せになってくれればそれでいい。私も、ずっと後悔してきた。真に愛せる者が、十三年間で見つけられたのであれば、上等だ」
暗い表情を含ませていた二人だったが、すぐに切り替え、式場の雰囲気に合わせた表情にした。
この日の為に用意された神父の前で、二人は立ち止った。そして、ビフレスト王から先に、その場を離れていく。
静まり返る中、誰もが善大王の到来を待っていた──のだが、一向に現れる気配がない。
フィアが周囲を見渡した途端、それは来た。
神父のちょうど真後ろにあった窓ガラスが叩き割られ、善大王は登場する。格好は、善大王の白い法衣だ。
ざわめく会場の中でも、善大王は表情一つ変えず、宣言する。
「結婚は、ナシだ!」
その無責任にしか感じられない発言に、周囲が静まり返った。
「善大王、書類にはサインをしたはずだ」ビフレスト王は言う。
「ああ、俺の拇印でな。だが、それは俺の指紋ではない……調べてみるか?」
調べるまでもないが、善大王の言っていることは本当である。彼は咄嗟に導力を流し込み、余計な指紋を複数混ぜていた。
ただ、紙での契約など大した問題ではない。最大の問題は、ビフレスト王の面子を潰すことだった。
「ライト……」
「フィアの世話は見る。だが、結婚するかどうかとは別問題!」
反感が沸き上がりそうにもなるが、ビフレスト王は理性的に挙手をする。
「フィア、お前はどうなんだ。結婚したいのではなかったのか?」
「私は……」
結婚したいの一心で、ここまでの無理を通したフィアとしては、最後まで走り通すつもりだった。
「(フィア、俺を選んでくれ。俺を、信じてくれ)」
普通に考えれば結婚する、という選択肢を促す善大王の思考だが、フィアはそうではないと気付いている。
「……私は、ライトと一緒に行きます。天の国には迷惑かけたって分かるけど、それでもライトと一緒にいたい」
「そうか」
ビフレスト王と視線が合った瞬間、善大王は悟った。
「では、フィアはもらっていく。さらばっ!」
窓の外に戻っていくと、衛兵達は槍を構えて善大王達を追跡しようと動き出す。
「よい」
制止を呼び掛けると、ビフレスト王は席に座っている貴族達に告げる。
「……と、いうことだ。フィアは変わった。既に、《空色の宝石》ではないと知れ」
ビフレスト王も、フィアが何を悩んでいたのかを知っていた。だからこそ、フィアは知りえなかったが、そう呼ばないように活動していたのだ。
しかし、それは根拠もない、王としての命令に過ぎなかった。ただ、今この場において、それは実態を持った真実に変動する。
善大王の滅茶苦茶を許したのは──理不尽が成立したのは、ビフレスト王の手まわしによるものといっても過言ではなかった。
結婚を申し込んだとは思えない善大王の反応に、ビフレスト王は疑問を抱き、シナヴァリアに確認を取っていたらしい。
そして、フィアの独断と理解した為に、式に呼ぶ貴族達へと伝令を出した。フィアの変化を告げる為の式である、と。
貴族達からすれば、このフィアの変化は想像以上に大きな驚きを齎すものだった。
人と関わらないようにし、自我も薄く、堕落したような気配を持っていたはずのフィア。
だが、善大王に連れ去られていく時のフィアは、それまでに見せたこともないような──とても魅力的な、眩しい笑みを浮かべていた。
「(……これで、罪滅ぼしになればいいのだが)」




