5
何度か瞬きをし、俺は覚醒した。
外が騒がしい。祭りでもやっているのか、それとも侵入者である俺を倒す為に集まっているのか。
部屋の中にはティアもガムラオルスもいない。まったく、早起きな連中だ。
のっそりとハンモックから降りると、さっそく族長のテントへと向った。
「俺だ。なんだよ、この騒ぎは」
「……早急に帰ってほしい。今、君に関わっている暇はない」
族長の焦った顔を見て、ある程度の事情を察した。
「なるほど、問題が発生したわけか。よし、この俺が解決してやろう。その代わり、解決したら領地に加わってもらう」
そう言った途端、若者がテントに飛び込んできた。
「魔物が接近しつつあります!」
「魔物……だと?」
一族の人間が口にした言葉を聞き、俺は驚愕していた。
魔物、それは魔界とされる、この世界の裏に住む存在。
幾度かこの世界に現れた異形の存在。ただ、近年では確認されていない。少なくとも、六大国家内で言えば。
「お伽話……じゃなかったみたいだな」
「分家の方への伝令は」と族長。
「既に向かわせています」
「ならば魔物への対処を回せ。分家が来る前にしとめるくらいの気構えで挑め」
男が出て行ったのを確認した後、俺は立ち上がった。
「族長、俺も魔物を倒しにいく」
「これはこちらの問題だ。恩を売るつもりならばやめておけ」
「恩は半分。俺としては魔物を退治し、犠牲を減らしたいと思っている。善大王として」
それだけ告げると、家を後にしようとした
「わたしも行く!」
「ティア、お前は向かうな」
「お父さんの馬鹿! みんなが倒されちゃうなんて嫌だよ! だから、わたしも戦うよ」
「いや、族長の言うとおりだ。ティアはこの場に残っていてくれ、魔物は俺がどうにかする」
どうにかできる見通しはない。ただ、それでも幼女の前で虚勢も張れない男にはなりたくはなかった。
家を飛び出した俺はすぐさま戦場へと向かう。
森を抜けた瞬間、感情が変化する。
蛮勇は朽ち果て、恐怖が体を竦ませた。
優秀なはずの《風の一族》は半壊状態。術なども使われているが、状況は決して良くない。
それだけではなかった。目の前にいる魔物、それは明らかに異常だった。
館に等しい大きさを持った、紫色の甲虫。
肥大化した四肢は鋭く伸び、顔は禍々しく、大きく開かれた顎が怯えを増長させた。
「これが……魔物、なのか」
明らかに人間がどうにかできる相手ではない。
それでも、《風の一族》の者達は勇猛果敢に挑んでいく。彼らには恐怖がないのか、それとも……。
刹那、俺はティアのことを思い出した。俺がここで震えていれば、彼女にまで魔の手が伸びるかもしれない。
意識を覚醒させ、静かに《魔導式》を展開した。
「《光ノ二十番・光弾》」
光弾が魔物の体に命中するが、効果が全く現れない。
それだけでこちらの攻撃が無意味であることを察する。回数でどうなる問題ではない、というのを見切れただけで意味はあった。
俺は下級術を主力においているが、それ以外が使えないわけではない。不得意というわけでもない。
常に使う量とは違う、明らかに高い順列の術。あの魔物に一撃を浴びせる可能性……それを見るんだ。
「《光ノ百一番・星光明》」
《魔導式》が大気に溶け、光明が放たれた。
対人戦であればそれなりの威力だが、闇属性の相手であるとすれば、その威力は絶大。
魔物の外殻は溶かされていき、呻きを聞いて効果の具合を知った。
この攻撃ならば効果がある。連射性能は落ちるが、そこは前衛の者達に時間稼ぎを頼むしかない。
「グォォオオオオオオオオオン」
激しい猛りを受け、その場にいた全員が耳を防いだ。当然、俺もその一人だ。
刹那、魔物の目が輝いた。灰色の瞳に藍色の文字が刻まれていく。
いや、あれはッ――