13
長きに渡る攻防を耐え抜き、疲弊し始めたスタンレーだが、勝利に繋がる一手を掴む。
「(おれとしては認めたくはないが、天の星は戦うべき相手ではない。ここで、消させてもらう)」
秘策である《秘術》の《魔導式》が完成され、最良のタイミングを計ろうと、未来視を行った。
──モノクロの世界、そこにスタンレーは立っていた。
「全てを狂わせ──」
『フィア、いまだ!』
『うんっ、ライト!』
瞬間、フィアと善大王の丁度中間に位置する場所から、おぞましい数の《魔導式》が移動していき、スタンレーの全方位を囲む。
「(なっ……奴らの《魔導式》を見逃していただと!? だが、こちらの速度が勝れば──)」
二人の術が同時に発動され、百を越える光弾と光線が放たれた。
こうなると、防御は意味を成さない。回避すら、不可能だ。
「全てを壊せ──」
詠唱が間に合わず、スタンレーは凄まじい破壊の本流に飲み込まれ、完全に消滅する。
途端、スタンレーの世界に色が戻った。
「(あの連携すら伏線だっただと!? 奴らがおれの《秘術》を待っているのであれば、あえてそれに乗ってやろう)」
──再度、世界から色が失われる。
「陽よ、氷を輝かせろ──」
『フィア、いまだ!』
『うんっ、ライト!』
完全に先程と同様の結果が発生するが、今度は詠唱速度で勝っていた。
「《天舞の細氷》」
『フィア、使うぞ』
『……お願い』
善大王は右手を翳すと、叫ぶ。
『《救世》』
白い光の糸が無数に放たれ、フィアと自身を覆い隠し、スタンレーの術を完全に防いだ。
その間に、スタンレーは膨大な量の術を直撃し、消滅する。
再度、スタンレーは覚醒した。
「(詰みか? いや、選択を選び続ければいい……探し続ければ、奴らを消す可能性を引き当てるかもしれない)」
彼は気付いていない。既に、どうやっても勝利には繋がらないことに。
「……勝負はここまでだ。俺はお前達に勝てない」
『それならいいんだが……なぁ、フィア』
『うん──ライト、いくよ』
『……なるほど、俺達を騙そうとしていたわけか。仕方ないな』
運命は変化しない。
「天舞の細氷」
『フィア、使うぞ』
『待って、私が防ぐから』
詠唱ではない発声に反応し、二人は僅かな隙を生み出した。
「全てを狂わせ、全てを壊せ──」
『フィア、いまだ!』
『うんっ、ライト!』
幾度も経験した通り、二人は術を発動させた。だが、今回はスタンレーの速度が勝っている。
「《魂源封殺》」
これこそがスタンレーの奥の手。対象のソウルを乱し、術の使用を封印する《秘術》。
気付いた時には遅く、フィアの術は封じられた。
フィアの分の術が停止した時点で、いくら多かろうとも対応ができる。
「陽よ、氷を輝かせろ《天舞の細氷》」
周囲に霧が満ちた途端、フィアの瞳に虹色の光が宿った。
「起動しなさい!」
光を失い、今にも崩壊しようとしていた《魔導式》は再起動し、善大王の光弾に続いて光線が打ち出される。
土壇場で前に出た善大王の《救世》によって、スタンレーの《秘術》は防がれ、そのまま二人の術によって消滅した。
──遠い時間の果て、何週間もの時間をひたすらに彷徨い続け、スタンレーは悟る。
「(ここまでか……)」
何をどうやっても、結局は自分の消滅という結果に到達した。
どの展開になろうとも、スタンレーは一人すら殺すことはできていない。どの世界、どの可能性、どのタイミングでも、死に繋がる一手は善大王に防がれた。
明らかな格上であると確信する反面、スタンレーはここで逃亡することを、ある意味の最善解と見ている。
「(問題は、詰んだ時点で能力を発動したこと。この時間をやり直せないのであれば、別の時間で生かせばいいだけだ)」
スタンレーが攻撃の手を止めた瞬間、善大王は戦いが終わったことを察し、動きを止める。
「投了か」
「……ああ」
こればかりは事実である為、フィアは何も言わなかった。
「貴様らの実力は認めざるを得ない。だからこそ、ここまでだ」
奇妙な発言に警戒したのは、フィアではなく善大王。
可能性の世界を見たのはスタンレーだけなので、手札を知らない。
「絶望より生還せよ──」
「フィア!」
「うん、いくよ」
ここまでは同じ展開だが、スタンレーの顔に焦りは見えなかった。
「《最後の逃亡者》」
無数の術がスタンレーに向かって放たれる。
とてつもなく巨大なクレーターが作られ、凄まじい量の煙が天へと立ち昇った。この威力であれば、スタンレーは一撃だ。
煙が晴れた後、スタンレーの姿がないことを確認し、善大王は安堵する。
「どうにか、倒せたな」
「……たぶん、逃げられたかも」
「あの最後の術か? だが、あの中から逃げられるとは……」
「実力差を無視して逃亡する《秘術》みたい」
発動の瞬間にフィアは悟っていた。しかし、止めることも止める必要もないと考え、時間もなかったので善大王には言っていない。
肝心の善大王は甘すぎると思っていたが、フィアはスタンレーを通じて可能性の世界を見ていた。
すべてにおいて勝利は約束されていたが、最悪の場合では常に《皇の力》が使われている。
彼女は一回でも、《皇の力》を使わせないようにしていた為、スタンレーの撃破を優先しなかったのだ。
「なら、魔力を察知すれば……」
口で言うよりも先に善大王は行ってみたが、反応は一切ない。
「(思ったよりも遠くに逃げられるのか? 全く感じないぞ)」
「たぶん、それも《秘術》だと思う。あの人はまだ《魔導式》を残していたわけだし」
「そう言われると……そうかもな」
なんとも釈然としない勝利、と感じた善大王だが、フィアは愛玩動物のように彼に抱きつく。
「でも、試練は突破したね!」
「あ、ああ……そういえばそうだったな」
スタンレーという実力者との戦いで忘れていたが、この戦いは《カルトゥーチェの首輪》を取り戻す戦いだったのだ。
「よし、じゃあ戻るか」
「うんっ!」
無事、最終試練を突破した善大王。だが、彼の戦いはまだ終わっていなかった。
「おお、戻ったか」
「ほら、最後の試練は突破した」
首輪をビフレスト王の前に出すと、納得したような顔をして頷く。
「経過は聞かぬ。だが、フィアを傷つけずに完遂したのであれば文句はない」
「これで、フィアの結婚は無事に取り消せたわけだな」
「何を言っておる。善大王がフィアと契りを結ぶのだ」
驚くよりも先にフィアの心理を探った善大王は、すべてを悟った。
戦いや試練にばかり気を留めていたが、本当の問題は簡単なところに転がっている。勘違いが、彼の判断能力を低下させていた、か。
「やったねっ! ライト」
「(なにがやっただ馬鹿娘! 都合よく隠しやがって)」
「(だってぇ……ライトと結婚したかったんだもん)」
「(だもん! じゃねぇ! くそ、うっかり見逃していた……)」
常に冷静で少女には優しく、紳士的な善大王も、こればかりはただ事ではないと焦り出している。
完璧主義者だからこそ、既婚者で余所の娘に手を出すことは、彼のプライドが許さないのだろうか。少女を食い散らしている時点で、誇りなど無に等しいと思えるが。
「目で通じあう、か。良い夫婦になれそうではないか」
「そ、ソウデスネ……」
ビフレスト王の前で本性を現すわけにもいかず、善大王はこの場を流した。
夜には晩餐会が執り行われ、豪華絢爛な食事を善大王、フィア、ビフレスト王の三人で行う。
結婚式が行われた後、一般公開を行い、大々的な食事会を開くという手筈まで食事中に説明された。
天の国と光の国の貴族、それらを一堂に介し、両国の結びつきを強める目的があったのだろう。
とてもビフレスト王らしい、利益と娘への愛を両立させた策だ。
説明を聞く度、見えない程度に顔を青ざめさせていた善大王。
そんな善大王の様子を見て、既に善大王夫人を気取ったフィアは、満足げに上品ぶっていた。
「ライト、幸せになろうねっ」
「く、くそう……」
最後まで諦めない。
もしも結婚することになろうとも、それを是が非でも反故にする。
今の善大王には、そうした鋼や鉄の如き強固──頑固──な意思が存在していた。
とはいっても、相手はビフレスト王。国際的な立場や実力でいっても、丸めこめる相手ではない。
それであっても、結婚は断固反対という意見で固まっている善大王は、最後の最後まで抗う意思を見せた。
そう、戦いは結婚式当日。再び迷惑をかけることになろうとも、その時だけが唯一ビフレスト王を出しぬけるタイミングだったのだ。
「もしかして、ライト……怒ってる?」
「そうじゃないと思うか?」
「うぅ……」
フィアの部屋で泊ることを、ビフレスト王は止めなかった。
しかし、それは公認の仲というよりかは、それによる被害がさほど大きくないことによる安心なのだろう。
この婚約にも等しい状態になろうとも、ビフレスト王の親馬鹿は変わらない。手を出せば、間違いなく逆鱗に触れるのだ。
それ以前に、かなり面倒で有耶無耶にしづらい問題を起こしたフィアに、今の善大王が欲情するはずがない。
一見するに子供っぽいが、それほどまでに重大な事件なのだ。
「ねぇ、なんで私じゃ駄目なの?」
「……駄目っていうわけじゃない。だが、結婚にこだわる必要もないだろう?」
「でも」
「俺はフィアを愛している。大好きだ。だから、お前とずっといてもいいと思っている。しかし、それとこれとは話が別だ」
言い訳だと考え、フィアはむすっとした表情になった。
「何度も言っているが、今まで均衡を保ってきた六大国家という形が崩れれば、同時に世界のバランスまで崩壊するかもしれない。天の星のフィアなら、よく分かっていることだろう?」
「それは、そうだけど」
「むしろ、フィアはなんで結婚にこだわるんだ? お前が俺の都合や世界の事情を知らないわけでもないだろ?」
さりげなく今後も恙無く、少女との交わりを望むような言動をみせた善大王。かなりうかつだが、これもまた信頼なのだろうか。
ただ、肝心のフィアはというと、その問いに対する別の答え。真面目でシリアスなものを持っていただけに、反応をしなかった。
「ねぇ、ライト。ライトは、私がなんでライトのことを好きになったのかを言ったよね」
「《光の門》の一件だろ? さすがに忘れちゃないぞ」
「それもそうなんだけど、私ね……人に絶望して、あそこに向かったの」
フィアが何故、死を──母との再会というべきか──選択しようとしたのか、それについては善大王は調べようとしていなかった。
興味がない、というよりかは明るい方向で彼女を正したい、そう願っていたのが大きいだろう。もしも傷を知れば、カウンセリングのようになってしまう。
しかし、今の二人にそうした隔たりはしない。長い時間でともに歩み、信頼と少女として見ていない雑さがあるのだ。
「ねぇ、私が《空色の宝石》って呼ばれていることは知ってる?」
「いや、知らないんだが」
「うん。だと思った」
冗談のように笑うフィアは、どこか寂しさを含めていた。
「ねぇ、ライトは私の瞳を誉めたりしなかったよね。なんで?」
「ン……そうだな。フィアは笑顔が一番可愛いぞ」
「……私はそう言ってもらえたのが嬉しかったんだよ」
「まぁ、目が誉められてもなぁ」
「それもあるけど、私の場合……目を誉められるのに、いい思い出がないから」
意味深な発言を前に、善大王はフィアの過去に探りを入れたい、と思った。
フィアも、それに答えようと、口を開く。
「聞いてくれる?」
「ああ、聞くさ」




