12
霧の中へと入った善大王の前に、仮面を被ったムーアが現れる。
「なぁ、あんたはムーアだろ?」
「……」
「なぁ、あんたの子供は成長しているぞ。今は冒険者をしているんだ。どうせ、あんたが教えたんだろうが、殺しも続けていた……今は、真っ当な人間になったようだが」
「……」
「エルズのことは任せろ。出来る限りは、俺も支援するつもりだ……だから、眠ってくれ」
はじめから、善大王は会話をしていなかった。
ムーアの形をしているとしても、そこにいるのがムーアであるという保障はない。そしてなにより、本物だとしても、ムーアは既に死んでいるのだ。
死者を追うより無駄なことはない、と信心深くはない善大王は断じている。だからこそ、この場では、自分の気持ちに決着を付けたかっただけなのだろう。
霧の中で歪み始めていた《魔導式》を起動させ、善大王は光弾を放つ。
その一撃はあまりにもあっけなくムーアを撃ち抜き、命を奪い去った。
「《闇ノ百二十四番・黒炎弾》」
巨大な黒い炎弾が飛んでくるが、善大王は狼狽せず、右手を掲げる。
「《強力な一撃》」
白い光を纏った拳が炎弾に叩きこまれ、ムーアの術は四散した。
単純に攻撃に向いていない闇属性の術、ということもあるのだが、今の一撃はそれだけでは説明できない現象のようにも見える。
「もう、いいだろ……もういいだろ!」
死者を、娘の父を、何度も何度も殺すことは、善大王としても心地よいものではなかった。
憤り、憎悪し、能力が強化されている。それこそ、負の力の象徴とも言えるものだ。
純粋な導力だからこそか、感情の昂ぶり一つで性能が変わるのか……だが、それならば何故。
善大王の言葉に応えるように、ムーアは再び姿を現した。だが、それが幻であることも、善大王は見切っている。
フィアの姿は見えず、彼女からの情報を頼りとはしていない。
しかし、善大王は鋭い直感を持ち、光属性導力による幻術の減退を常に行っている。
仮面もなく、オリジナルですらないムーアの幻術では、憤った今の善大王の目を騙すことはできないのだ。
「もう終わりだ《光ノ百三十九番・光子弾》」
超高密度に圧縮された光の線が放たれ、虚空を撃ち抜く。
「魔力の濃度が、そこだけ妙に薄かった。騙されている自覚があれば、見逃しはしない」
霧が消滅すると、上半身に巨大な風穴が空いた死体が目に入る。
仮面を取って確認するのは簡単だが、それは死者を侮辱する行為と、善大王らしくもなく気を遣った。
そして、霧が晴れたからこそ、善大王は気付く。
フィアとスタンレーが、既に戦闘を始めていることに。
──同刻、フィアは……。
「時間を掛け過ぎたようだな、天の星ッ!」
「そうでもないわ。ライトがいれば、手札の増えてきたあなたでも倒せる」
打ち出されていく光線を次々と回避していくスタンレーに対し、フィアは諦めることもなく攻撃を続行していた。
少しでも相手の処理能力を奪い、善大王が来るまでに展開速度を遅らせる為。
「俺様の一撃を受けてみろ、《空圧の一撃》」
「(あの術、防げないっ……!)」
視認できない攻撃だが、フィアは能力で探知し、すぐさま回避する。
背後に存在していた巨岩はその一撃で粉々に粉砕され、砕けた石礫のいくつかがフィアへと向かった。
「空間を圧縮して叩きつける術、か。確かに、フィアが無効化できない類の攻撃だな」
善大王はフィアの背に立ち、導力を放出することで障壁を作りだし、全ての石礫を防ぐ。
「ライトぉおぉおお! 怖かったよぉお」
「嘘つけ! くっ、しまった……! みたいな顔してただろ!」
急に子供ぶった態度を取ったフィアを冗談のように窘めると、すぐさまスタンレーに向き直った。
「さあて、残ったのはお前一人だ」
「奴らは十分に働いてくれた。貴様を狩り取るには十分な手札が、おれの手にはある!」
瞬間、スタンレーの背後から円形に整列された《魔導式》が四つほど姿を現す。
「(一つは紛れもない、天舞の細氷だ。防ぐとなると、もっかい《皇の力》を使うことになるぞ)」
「(なら、その前に倒すしかないよね)」
フィアの無茶な提案を受けながらも、善大王は笑い、サムズアップをした。
「分かった。その代わり、フィアも重労働だぞ」
「うん、当然だよね」
現状、スタンレーも勝利条件が変化したこともあり、安易に切り札を使えない。
初手で実質防御不可能の広範囲術、天舞の細氷を使えば、間違いなく《救世》によって防がれると分かりきっている。
善大王はそれを見切っていた。一度使用した《皇の力》は抑止力として機能していることに。
最速で接近していき、拳打を打ち込む善大王。強力な一撃を使用していないのだが、それは絶対直感を読んでいるからこそだろう。
どっちにしろ当たらないのであれば、ソウルの余計なリソースを裂く必要はない、と。
皮肉にも、善大王の考えとスタンレーの思考は一致している。
「(見せた手札だけで突破はできない。ならば、このおれが奴らの予測を超えるだけだ!)」
あえて手札を晒したのは、そこにあった。
スタンレーが正面突破でこの二人を撃破しようとすれば、予測を上回らなければならない。ならば、普通ならばしない手で相手のミスを誘うしかないのだ。
ただ、彼は一歩読み違えている。それこそが、最大の問題になるとも知らずに。
「これだけの力を振るいながらも、お前がどこかの組織で動いているとは聞かない。何者なんだ」
拳と共に放たれた問いに対し、スタンレーは返答の形を取る。
「貴様にも知らない組織が存在する、ということだ。おれは奴らを利用しているだけに過ぎないが」
《皇》のネットワークにも入ってこない組織が存在するのか、と疑問を抱きながらも、善大王は攻撃を続行した。
いくら身体能力で勝っていようとも、スタンレーは導力によって常時強化を行っているのだ。それだけで互角の戦いにまで持っていかれる。
逆に言えば、未来視をして消耗する必要すらないと思われているだろう。
それでも、善大王は《魔導式》の数を増やし、来る最終決戦に備えている。
「(天の星が黙って見ているはずもない、か)」
スタンレーはある頻度で未来視を行い、フィアからの不意打ち対策を行っていた。彼女の一撃は当たれば一撃死、安易に放置もできない。
「(善大王がおれの軌道から外れた瞬間にだけ警戒を──)」
スタンレーの頭部を掠り、光線は消滅した。
今の攻撃、スタンレーは未来視をした上で回避行動を取っている。最良の結果と言えずとも、今の展開を選ぶだけでも、一刻程は費やしただろうか。
「(善大王に当たってもおかしくないタイミングで撃ってきた? 馬鹿な、奴らの様子からはそんな気配は感じ取れなかった)」
フィアの撃ち方は、前衛を殺してもいいという覚悟を感じさせるものだった。
善大王の回避もとても必死なもので、打ち合わせをしていたとも思えない。むしろ、していても回避までに一度の瞬き分の時間もない状況で避けたのは、偶然にしか見えなかっただろう。
「(ったく……今のは危なかったぞ、フィア)」
「(だって、ライトを信頼してたんだから)」
自分が言ったことだと諦め、善大王は自嘲するだけで留めた。
二人の作った第一の作戦。それは、善大王の少女に対する観察能力を用いた、予測不能の超変則一撃必殺。
善大王とフィアが意識のコネクトを行っているに等しいからこそ、可能になっている技術だが、それを見る他者からすれば恐怖──いや、狂気としかいえない手。
「(偶然か? 通信術式……いや、ありえない! だが)」
この一手でスタンレーは《魔導式》展開に回す力を大幅に奪われ、いつ仕掛けてくるか分からないフィアの術に警戒せざるを得なくなる。
善大王の光ノ二十番・光弾ですら、この近接戦で使われれば致命傷は免れないのだ。それは鎧の男の一件で痛感している。
逆に言えば、これで善大王とフィアの攻撃は命中しなくなった。




