12β
ついに気付いたフィア。しかし、髪の色で分かっていてもよさそうなものだが、フィアはなにぶん他人に興味がない。
ただそういう存在がいる、という程度の浅い認識だったようだ。
鎧の男が死亡した瞬間──いや、三人の仮面の男が現れてから、フィアは明確な違和感を感じている。それは善大王も同じ。
相手からは生気が放たれていない。それどころか、殺した時の実感すら薄かったのだ。
相手が既に死んでいると悟っていたからこそ、二人とも迷っていない。説得に移るようなこともしなかった。
そこで繋がる。善大王がムーアであると気付いたのは、ムーアが死人であることを知っていたからだ。
「(ライト……なら、私も頑張らないと)」
相手は貴族。低順列の術を連射するなどという、見た目が美しくない戦い方はしない。
もしも連打していたのならば、フィアは容易に相手の居場所をあぶり出せていた。
「(まだ酔いが残ってるの? それとも、これがムーアさんの幻術ってこと?)」
ただの虚空を眺めながらも、フィアは目を閉じ、考える。
善大王とムーアの戦いが始まったのか、周囲には霧が満ちた。濃色の藍色、視界は最悪そのもの。
遠くに向かった善大王の姿は消え、既に捉えられなくなっている。
「……来るかな」
目を見開いた瞬間、フィアの瞳には虹色の光が宿った。
まず最初に、フィアの読みは失敗する。
老人は《魔導式》を未だ展開中。もちろん、それ自体は目視できないのだが。
ただ、《天の星》としての能力を使った彼女ならば、もう間違えない。
「……上級術ね。なら、こっちも適当に受けることはできないかな」
すばやく展開された《魔導式》が起動する。発動されたのは、天ノ十五番・星沫だ。
攻撃が来るのを予期しながらも、フィアは複数の《魔導式》を展開していく。《天の星》としての才能を信じているのか、彼女は安易に上級術に頼らなかった。
「《天ノ百二十三番・煌輝撃》」
相手が防御する手を持たないと判断してか、老人は駄目押しで詠唱を行う。
詠唱さえなければ、と前提を持って動かれていることを想定すれば、こちらの方が懸命。さらに言えば、フィアだけでは回避できないとも読んだのだろう。
煌く橙色の極太光線が放たれる。撒き散らされる閃光と迸るスパークは、まさしく属性の頂点に位置する天属性を象徴している。
固定砲台用とすら言われるこの術は、充填時間が凄まじく長いのだ。それを余りあるほどの破壊力と命中精度は評価に値する。
この場での成立は、ムーアの幻術による弱点の克服によるものとみてもいいだろう。
だが、フィアはこの時を待っていた。
「《天ノ十九番・空線》」
彼女らしからぬ詠唱。ただ、これこそがフィアの狙いだった。
老人のそれと比べると、遥かにか細い橙色の光線が打ち出され、迎撃として向かう。
その一発は多少抵抗した後、速度を誤差の範囲で減退させるだけで消滅する。
「二連《天ノ十九番・空線》」
二度目に放たれたそれは、一発目の光線よりもさらに破壊力、出力を増していた。
もちろん、それで順列差が六倍近くの術に打ち勝てるはずもなく、再び敗北する。
「三連《天ノ十九番・空線》」
馬鹿の二つ覚えの如くに連打するフィア。一見すればその比喩の通り。
連続自体は天ノ十五番・星沫の効果だ。術を繋げていく度に威力や《魔導式》の展開速度を加速することができる。
しかし、フィアは低順列、それも最初から展開したものをチェーンしているだけに過ぎないのだ。
これでは術の効果も、本来の力を発揮できていないとしか言えない。
あと僅かで命中するという距離に迫った瞬間、フィアは同時展開していた五個の《魔導式》を分解し、急速に一つの術へと再構築していった。
天ノ十五番・星沫の効果で追加されていく《魔導式》の速度、再構築の速度は極限にまで高まり、間に合わないはずの時間に足を乗せた。
「四連続《天ノ百十一番・聖炎剣》」
巨大な橙色の火柱が立ちのぼり、それが恰も炎の剣かのように、橙色の極太光線へと振り下ろされる。
凄まじい力の衝突で周囲の霧が吹き飛ばされ、それでもなお衝突は続いた。
だが、勝負は決している。今起きている現象は、ただの効果処理に過ぎないのだ。
圧倒的な力に押しつぶされ、光線は完全に消滅する。そして、攻撃を終えた炎の剣は地面を溶解させた後、大気に溶けた。
ただ一度の術発動だけで、小規模なマグマ溜まりを作るという時点で、攻撃力の異常さは目に見えて明らか。
さらにいえば、老人も今の一撃で葬り去られ、マグマの中に消えた。フィアは能力で事実だけを認知しているが。
「ライト、私はやったよ。あとはお願い──なんて、私にはまだ仕事が残ってるんだけどね」




