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一発一発を確実に避けていく善大王とは対象的に、フィアの打ち方は乱雑そのもの。
いざそれが誰にでも回避できるようなものかと言われると、そうではない。凄まじい威力で放たれる光線は速度などから考えるに、予測でもしない限りは恐怖の権化だ。
善大王はそうした一撃で終わるという状態を自覚しながらも、正気を保って戦い続けているところが常軌を逸している。
ただ、具体的にフィアを封じる為の手段を獲得したわけでもないので、戦況は以前として不利……。
「(賭けをするか? ……文字通り、完全に回避を捨てた、ノーガード)」
大きく息を吸い込み、善大王は決意をした。
「フィア! こっちを向け!」
もちろん反応はないが、それすらも彼の予想の範囲でしかない。
《魔導式》の展開を停止すると、迷いなく一直線に駆けだした。狙うのはただ一つ、フィアへの接近。
数発の光線が飛んでくるが、それらを紙一重で回避し、最短の距離で迫っていく。
無数の攻撃を躱し、善大王は到達する。フィアの真後ろへと。
「悪いオモチャは没収だ」
手を掛け、首輪を奪い取ろうとするが、誰もが想定するとおりに超近接距離で術が発動する。
「《救世》」
周囲に白い光の糸が満ちていき、攻撃準備に入っていた複数の《魔導式》を同時に打ち消した。言うまでもなく、今まさに発動されていた術も。
「もう、幻想は終わりだ」
「……」
「俺が、ずっと何も言わなかったことが不安だったんだろう? だが、それはお前に向ける愛と信頼の証明なんだ」
「うるさい……」
「フィア、俺はお前を愛している」
「嘘! 嘘! 嘘! ライトは私を愛してなんかいない!」
言葉はフィアの感情ではあるのだが、善大王の探知には引っかからない。
うっすらと認知される感触。変化こそあれど、いまだに効果は消えてきってはいなかった。
「ああ、そうか。なら強引に解決させてもらう」
首輪を外そうとした瞬間、フィアの瞳に虹色の光が宿り、繭のようになっていた白い光の糸を全て消し去った。
「(おいおい、こんなところで天の星の力を使うのかよ……読んでなかったわけじゃないが、ったく……厄介な娘だ)」
それが《天の星》が持つ能力の一つ、と善大王は判断していた。
それは事実ではあるのだが、彼が知っていたというわけではなく、ただ推測で放たれた言葉らしい。
ただ、《皇の力》を打ち消せるような力といえば、それしか思いつかないと言うのもあるかもしれないが。
「……その光」
フィアの体は薄く橙色の光を放っていた。《魔導式》を用いることもなく、《魔技》すらも使わずに。
「(一体……なんなんだ)」
気にしたのも束の間、フィアの身から放たれていた光は消え、すぐさま《魔導式》の展開へと移行する。
一度は隙を突いて成立した技だけに、二度目はなかった。
瞬時の判断、善大王はこの場に残ることを最善と考えず、すぐさま離れる。
その読みは正解であり、《魔導式》の組み換えにより通常の倍速以上の速度で、不安定ながらも一発が放たれた。
「ライトは……ライトは私だけ見てくれればいいの!」
善大王は苦虫を噛んだような顔をすると、放たれた光線を回避する。
「私だけ守ってくれればいいの!」
二、三発の光線が善大王に向かい、逃げ場を奪うように放たれた。それでも、善大王はスライディングをするように躱す。
「なんでッ! なんで……なんで私じゃ駄目なの? なんで、どうして!?」
次第に攻撃の勢いは増していくが、善大王は《魔導式》を展開することもなく、回避に徹した。
「私はこんなにライトが好きなのに! 私にはっ! ライトしかいないのに! 何で他の子がいるの? なんで何かを持ってるような子に興味を持つの!? どうして私だけを……」
「……馬鹿。そんなこと、言われなくても分かっている。フィアが何を考えているくらい、お見通しだ」
「ならなんで──」
「俺はフィアを信じているからだ。フィアがいるから……戻れる場所があるから、安心して遊んでいられる」
「分かってるなら……分かってるなら、私をみて! 私だけをみて! 他の誰も……他の誰にも優しくしないでッ!」
四方八方から迫る光線。後僅かで命中するというのに、善大王は焦りすら見せない。
「悪かった……フィア、すまなかった!」
途端、怒りが収まったかのように、光線が消え去った。
「俺は……俺は……俺は幼女のことが好きだった! ずっと大切に想っていた!」
「え」
「いまさら言うのも遅いかもしれない……こんなことを言うのは」
「知ってる……けど」
「シラフに戻ったようでよかった」
「えっ……あっ」
善大王は途中から気付いていたのだ。フィアに意識が戻っていたことに──というよりかは、明確な幻術の効果から脱したことに。
「もーライトのいじわるー」
「意地悪じゃない! 危うく殺されかけたのは俺だ」
「そうだったね。ごめん」
「……しかし、どうして戻ってからも攻撃してきたんだ?」
「戻っては……ないかな」
フィアの心理を善大王が読めるようになったのは、具体的に言えば橙色の光が発生してから。
《皇の力》を無効化した際、ついでに洗脳も打ち消したのだろう。
「しかし、カルトゥーチェの首輪ってのは厄介だな……こっそり破棄した方がいいか?」
『それには及ばないよ。それに入ってる幻術は、今の時代じゃ完全な時代遅れだから』
どこからともなく聞こえてくる声に気付き、善大王は周囲を見回す。
『ただ、天の星は不安感を持っていたからこそ、弱い洗脳効果でも効いたのかも』
「誰だ」
『そこの天の星を操っていた張本人』
瞬間、何もない空間から死に絶えたはずの貴族が出現した。
「お前か? いや、だが今の声は……」
「どうにも、完全に死んでしまったらしいね。ここからは、私がでなきゃならない」
先ほどの貴族の声のままなのだが、口調が明らかに違う。そして、貴族は明らかに死んでいる。
怪訝そうな顔をした善大王だが、その表情に憤りが宿った。
「都合よく天の星を手に入れる作戦には失敗したけど、面白い力は見つけられたかな」
貴族の体から分離してきたのは、女性だった。
明るい紫色をした、長いポニーテール。紅色の瞳に白い肌──かつて、ガムラオルスが対峙した、スケープだ。
初対面のはずだが、スケープを見て驚いたのは、フィアだった。
「そのマント……《屍魂布》ね」
「《屍魂布》? それは何なんだ、フィア」
善大王は改めてスケープの姿を改める。相手が少女ではないので、適当に認識していたようだ。
最初に目にはいるべき、灰色のマントを見て、善大王は奇妙な違和感を感じる。
「不気味なマントだな……」
「ライトも知ってると思うけど、風の月が使う《二十二片の神器》よ」
「なら、こいつは」
「そう。ワタシは風の月、スケープ」
反応があまりにも普通な為、善大王とフィアは訝しむ。
「フィアが狙いなら、おとなしく帰れ」
「天の星が手に入るとは思っていないから安心して。洗脳だって、もっと短時間だけだと思っていたから」
「お前の目的はなんだ? 交渉か? だとすれば、こちらにブツが渡った時点で不成立だ」
「ワタシの実力を見てもらったってことで、雇い入れてもらうのは?」
善大王は眉を顰めた。
皮肉にも、彼はシナヴァリアと同じく現実主義者である。だからこそ、瞬間的にでもフィアを洗脳できた手腕は認めざるを得ない上、対象者と融合する能力を持つ人材は惜しくもあった。
さらに言えば、相手は《風の月》──《選ばれし三柱》だ。入手すれば国力の上昇は凄まじいものとなる。
机上の計算はここまで。これは飽くまでも、相手が本気でそれを申し出ていればの話だ。
「どちらにしろ、水の国で国宝クラスをパクった奴を引っ張るわけにはいかないな。火中の栗としかいえない」
「ワタシにはその価値がある、違う?」
「ああ、あるともさ。とても甘美だ」
「ライト!」
《天の星》として、そして今まさに洗脳された者として、フィアは叱咤する。
「だが、お前ははじめから分かっていたんだろう? こいつがどうなるか」
「……」
倒れている青色の髪の貴族を指差すと、善大王は笑う。
「意図的に相手を死に至らせるような奴が、信用できるとでも?」
「分かっているなら雑談は無駄みたい。じゃあ、本題──ワタシの狙いはただ一つ。それは……」
瞬間、スケープはマントで体を覆い隠した。もちろん、善大王もそれを許さない。
発動準備を終えていた《魔導式》が起動し、瞬間的に《屍魂布》へと光弾を放った。
周囲に舞う砂煙。善大王の発動したものは、相手を一撃で抹殺する威力に到達している。善大王らしからぬ、現実的で──非情な選択。
「──この程度で、おれを殺せると思ったか?」
その声は、砂煙の内より響く。「狩らせてもらおうか。貴様の《秘術》を」




