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大空のフィア  作者: マッチポンプ
中編 少女と皇と超越者
254/1603

9

 一発一発を確実に避けていく善大王とは対象的に、フィアの打ち方は乱雑そのもの。

 いざそれが誰にでも回避できるようなものかと言われると、そうではない。凄まじい威力で放たれる光線は速度などから考えるに、予測でもしない限りは恐怖の権化だ。

 善大王はそうした一撃で終わるという状態を自覚しながらも、正気を保って戦い続けているところが常軌を逸している。

 ただ、具体的にフィアを封じる為の手段を獲得したわけでもないので、戦況は以前として不利……。


「(賭けをするか? ……文字通り、完全に回避を捨てた、ノーガード)」


 大きく息を吸い込み、善大王は決意をした。

 

「フィア! こっちを向け!」


 もちろん反応はないが、それすらも彼の予想の範囲でしかない。

 《魔導式》の展開を停止すると、迷いなく一直線に駆けだした。狙うのはただ一つ、フィアへの接近。

 数発の光線が飛んでくるが、それらを紙一重で回避し、最短の距離で迫っていく。

 無数の攻撃を躱し、善大王は到達する。フィアの真後ろへと。


「悪いオモチャは没収だ」


 手を掛け、首輪を奪い取ろうとするが、誰もが想定するとおりに超近接距離で術が発動する。


「《救世(セイヴァーリパルス)》」


 周囲に白い光の糸が満ちていき、攻撃準備に入っていた複数の《魔導式》を同時に打ち消した。言うまでもなく、今まさに発動されていた術も。


「もう、幻想は終わりだ」

「……」

「俺が、ずっと何も言わなかったことが不安だったんだろう? だが、それはお前に向ける愛と信頼の証明なんだ」

「うるさい……」

「フィア、俺はお前を愛している」

「嘘! 嘘! 嘘! ライトは私を愛してなんかいない!」


 言葉はフィアの感情ではあるのだが、善大王の探知には引っかからない。

 うっすらと認知される感触。変化こそあれど、いまだに効果は消えてきってはいなかった。


「ああ、そうか。なら強引に解決させてもらう」


 首輪を外そうとした瞬間、フィアの瞳に虹色の光が宿り、繭のようになっていた白い光の糸を全て消し去った。


「(おいおい、こんなところで天の星の力を使うのかよ……読んでなかったわけじゃないが、ったく……厄介な娘だ)」


 それが《天の星》が持つ能力の一つ、と善大王は判断していた。

 それは事実ではあるのだが、彼が知っていたというわけではなく、ただ推測で放たれた言葉らしい。

 ただ、《皇の力》を打ち消せるような力といえば、それしか思いつかないと言うのもあるかもしれないが。


「……その光」


 フィアの体は薄く橙色の光を放っていた。《魔導式》を用いることもなく、《魔技》すらも使わずに。


「(一体……なんなんだ)」


 気にしたのも束の間、フィアの身から放たれていた光は消え、すぐさま《魔導式》の展開へと移行する。

 一度は隙を突いて成立した技だけに、二度目はなかった。

 瞬時の判断、善大王はこの場に残ることを最善と考えず、すぐさま離れる。

 その読みは正解であり、《魔導式》の組み換えにより通常の倍速以上の速度で、不安定ながらも一発が放たれた。


「ライトは……ライトは私だけ見てくれればいいの!」


 善大王は苦虫を噛んだような顔をすると、放たれた光線を回避する。


「私だけ守ってくれればいいの!」


 二、三発の光線が善大王に向かい、逃げ場を奪うように放たれた。それでも、善大王はスライディングをするように躱す。


「なんでッ! なんで……なんで私じゃ駄目なの? なんで、どうして!?」


 次第に攻撃の勢いは増していくが、善大王は《魔導式》を展開することもなく、回避に徹した。


「私はこんなにライトが好きなのに! 私にはっ! ライトしかいないのに! 何で他の子がいるの? なんで何かを持ってるような子に興味を持つの!? どうして私だけを……」

「……馬鹿。そんなこと、言われなくても分かっている。フィアが何を考えているくらい、お見通しだ」

「ならなんで──」

「俺はフィアを信じているからだ。フィアがいるから……戻れる場所があるから、安心して遊んでいられる」

「分かってるなら……分かってるなら、私をみて! 私だけをみて! 他の誰も……他の誰にも優しくしないでッ!」


 四方八方から迫る光線。後僅かで命中するというのに、善大王は焦りすら見せない。


「悪かった……フィア、すまなかった!」


 途端、怒りが収まったかのように、光線が消え去った。


「俺は……俺は……俺は幼女のことが好きだった! ずっと大切に想っていた!」

「え」

「いまさら言うのも遅いかもしれない……こんなことを言うのは」

「知ってる……けど」

「シラフに戻ったようでよかった」

「えっ……あっ」


 善大王は途中から気付いていたのだ。フィアに意識が戻っていたことに──というよりかは、明確な幻術の効果から脱したことに。


「もーライトのいじわるー」

「意地悪じゃない! 危うく殺されかけたのは俺だ」

「そうだったね。ごめん」

「……しかし、どうして戻ってからも攻撃してきたんだ?」

「戻っては……ないかな」


 フィアの心理を善大王が読めるようになったのは、具体的に言えば橙色の光が発生してから。

 《皇の力》を無効化した際、ついでに洗脳も打ち消したのだろう。


「しかし、カルトゥーチェの首輪ってのは厄介だな……こっそり破棄した方がいいか?」

『それには及ばないよ。それに入ってる幻術は、今の時代じゃ完全な時代遅れだから』


 どこからともなく聞こえてくる声に気付き、善大王は周囲を見回す。


『ただ、天の星は不安感を持っていたからこそ、弱い洗脳効果でも効いたのかも』

「誰だ」

『そこの天の星を操っていた張本人』


 瞬間、何もない空間から死に絶えたはずの貴族が出現した。


「お前か? いや、だが今の声は……」

「どうにも、完全に死んでしまったらしいね。ここからは、私がでなきゃならない」


 先ほどの貴族の声のままなのだが、口調が明らかに違う。そして、貴族は明らかに死んでいる。

 怪訝そうな顔をした善大王だが、その表情に憤りが宿った。


「都合よく天の星を手に入れる作戦には失敗したけど、面白い力は見つけられたかな」


 貴族の体から分離してきたのは、女性だった。

 明るい紫色をした、長いポニーテール。紅色の瞳に白い肌──かつて、ガムラオルスが対峙した、スケープだ。

 初対面のはずだが、スケープを見て驚いたのは、フィアだった。


「そのマント……《屍魂布》ね」

「《屍魂布》? それは何なんだ、フィア」


 善大王は改めてスケープの姿を改める。相手が少女ではないので、適当に認識していたようだ。

 最初に目にはいるべき、灰色のマントを見て、善大王は奇妙な違和感を感じる。


「不気味なマントだな……」

「ライトも知ってると思うけど、風の月が使う《二十二片の神器》よ」

「なら、こいつは」

「そう。ワタシは風の月、スケープ」


 反応があまりにも普通な為、善大王とフィアは訝しむ。


「フィアが狙いなら、おとなしく帰れ」

「天の星が手に入るとは思っていないから安心して。洗脳だって、もっと短時間だけだと思っていたから」

「お前の目的はなんだ? 交渉か? だとすれば、こちらにブツが渡った時点で不成立だ」

「ワタシの実力を見てもらったってことで、雇い入れてもらうのは?」


 善大王は眉を顰めた。

 皮肉にも、彼はシナヴァリアと同じく現実主義者である。だからこそ、瞬間的にでもフィアを洗脳できた手腕は認めざるを得ない上、対象者と融合する能力を持つ人材は惜しくもあった。

 さらに言えば、相手は《風の月》──《選ばれし三柱(トリニティア)》だ。入手すれば国力の上昇は凄まじいものとなる。

 机上の計算はここまで。これは飽くまでも、相手が本気でそれを申し出ていればの話だ。


「どちらにしろ、水の国で国宝クラスをパクった奴を引っ張るわけにはいかないな。火中の栗としかいえない」

「ワタシにはその価値がある、違う?」

「ああ、あるともさ。とても甘美だ」

「ライト!」


 《天の星》として、そして今まさに洗脳された者として、フィアは叱咤する。


「だが、お前ははじめから分かっていたんだろう? こいつがどうなるか」

「……」


 倒れている青色の髪の貴族を指差すと、善大王は笑う。


「意図的に相手を死に至らせるような奴が、信用できるとでも?」

「分かっているなら雑談は無駄みたい。じゃあ、本題──ワタシの狙いはただ一つ。それは……」


 瞬間、スケープはマントで体を覆い隠した。もちろん、善大王もそれを許さない。

 発動準備を終えていた《魔導式》が起動し、瞬間的に《屍魂布》へと光弾を放った。

 周囲に舞う砂煙。善大王の発動したものは、相手を一撃で抹殺する威力に到達している。善大王らしからぬ、現実的で──非情な選択。


「──この程度で、おれを殺せると思ったか?」

 その声は、砂煙の内より響く。「狩らせてもらおうか。貴様の《秘術》を」


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