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大空のフィア  作者: マッチポンプ
中編 少女と皇と超越者
253/1603

8

「……」

「……」


 馬車の中、二人は沈黙していた。

 善大王は戦闘を想定し、事前に戦略を構築していた為。

 フィアは、善大王に拒絶された──ように感じた──為。

 いつもの善大王であればフィアの変化をすぐに察知するが、今回は薄々気付きながらも放置している。

 半ば保護者のように、そして一応は恋人とし、善大王はフィアの心を読むような真似はしていないのだ。

 故に、結婚関係で騙されている──これもまた、善大王の勘違いだが──ことにも気付いていない。

 つまりは、この態度はフィアを信頼すればこそ。皮肉な話、彼が伴侶とする女性がいたとすれば、今のフィアへ向けているそれに近いはずだ。


「(フィアを馬車内に閉じ込めておけば安心か? いや、その方は気にするべきではないか。問題は、犯人が如何にして首輪を盗み出したか、だ)」


 水の国は古の時代から伝わる文化を大事にしている。だからこそ、カルトゥーチェの首輪もまた、厳重な管理下に置かれていたはず。

 善大王としては、その状況は成立していないと読んでいた。


「(十数年前の管理体制なら、内部犯がいようとも持ち出しはできなかったはずだ。そう考えると、フォルティス王の文化軽視が招いた人災としか言えないな)」


 読みは的中している。実際、フォルティス王は近年にカルトゥーチェの首輪を収蔵していた博物館への補助金を、目を見張るほどに減額している。

 年間維持費だけで城が建ちそうな額を用いることで、物質の劣化を抑えていたのだが、今では小貴族が催す豪勢な展示会程度の管理にまで低下していた。


「(完全無比な砦が野戦の陣地になった、というべきか。それでも、管理のノウハウが消えたわけではない。簡単ではない……それどころか、今でも困難と考えるべきか。だとすれば、どうやって隙を突いたか)」


 再確認の段階だけに、もはや答えは確定している。

 この確認は、交戦が近づいていることを察知した──所謂、最終確認だ。

 善大王は馬車の中を這い回る《魔導式》に一瞥をすると、フィアに念押しをする。


「フィアはここに残っていろ。俺が決着をつけてくる」

「……うん。なんか、ごめんね」

「構わないさ。俺としても、今回の件は無視できない」


 奇妙な発言に違和感を覚え、フィアが問いを投げかけようとした時、馬車は急停車した。


「やっと、か」

「えっ?」


 善大王だけが外に出てみると、青い水溜りに足を突っ込み、馬は動けなくなっていた。


「……水ノ二十三番・水溜(バインドウォーター)か。案の定、水属性使いだとは思っていたが」


 馬に出していた移動命令を取り消した後、善大王は虚空に向かって叫ぶ。


「出てこいよ。俺を倒さない限り、馬車の扉はあかないぜ?」

「どういうことだ! 俺の接触を読んでいたとでも言うのか!?」


 姿を現したのは、青い髪の男。その濃度から貴族だということはわかるが、それが犯罪行為をしているというのは奇妙にしか思えない。


「そうだ。どうやら、お前の狙いはフィアだったみたいだな。そんなことだろうとは思っていたが」

「そこまで読んでいたとは……だが、俺が見えなければ関係あるまい!」

「よし、そうしよう」


 犯人が消えようとした時、善大王は馬車の車輪を蹴った。

 途端、周囲に《魔導式》の円陣が展開され、周囲に張り巡らされる。


「この範囲から逃れられない。逃げるなら逃げてみても構わんぞ……その代わり、当たったら一撃で蒸発するがな」


 善大王は始めから、相手の能力が透明化系であると察していた。ただ、《魔技》の部類ではないと読んでいたからか、相手が解除してくるとまでは考えていない。

 出てきたのは完全に偶然だが、そうでなくとも足音で察知する気でいた。彼ならばそれも難しくないであろう、ということから無計画さは感じられない。


「ふっ、だが見えなければ関係あるまい!」


 二度も言うと滑稽に見えるが、瞬間的に姿を消した時点で、善大王は僅かな油断をも消し去った。


「(相手はおそらく、《秘術》を使っているな。でもなければ、あんな高速の効果発動はできないはずだ)」


 《秘術》は多くの性質を持っている。永続というものは存在しないにしても、一日だけ効果が継続する類のものがあるのだ。

 今回の場合、それに該当しているのだろう。肝心の善大王は《秘術》を使用していないので、知識としてしか知らないようだが。

 耳を澄ますが、音は全く聞こえてこない。善大王の読みが外れていた形だが、それこそが《秘術》の特異性。

 背後から魔力を検知し、すぐさま転がりながら回避行動を打つ。


「(水ノ三十番・弾水(スナップウォーター)か? だが、《魔導式》までステルス化するのか?)」


 ここは読み通りの術が飛んできた。しかし、《魔導式》の魔力すら探知できないとなると、善大王の得意技である術の先読みが使えない。

 それでも回避を合せている辺りは、さすが善大王というべきか。


「術が読めなければ勝ち目はあるまい」

「くっ……」


 フィアのいる場所を一瞥し、善大王は周囲を見渡した。

 しかし、どうやっても相手の場所を特定することはできない。そもそも、完全に透明ならば、見ただけで判断できるはずがなかった。

 魔力探知も通り抜け、物理的移動音、展開中の《魔導式》、そのすべてが透過されることが、如何にアドバンテージに繋がるかは言うまでもない。


「(見えない相手を討て、か)」


 絶望してもおかしくない状況でも、善大王はそれを表情に表わさない。いや、それどころか、笑っている。

 今度は正面から魔力を察知するが、善大王は一歩も動かなかった。


「今度は回避もできないか」

「できないじゃない。やらないだ」


 再び水ノ三十番・弾水(スナップウォーター)が飛んでくるが、善大王は右手を構える。

 それを馬車の中で見ていたフィアは、咄嗟に窓を開けて叫んだ。


「まさか、《皇の力》? やめて、ライト!」

「《強力な一撃(マイティブロウ)》」


 硬質化された光属性の導力が善大王の右手を包みこみ、手甲のような形状に変化した。

 迫る水弾を捉えると、そのままに正拳突きを放つ。タイミングに、僅かなズレもなかった。

 衝突と同時に水弾は砕け散り、術の効果は完全に停止した。こちらは善大王の任意になるが、手に纏っていた光属性の導力も消える。


「なんだ、それは……《秘術》なのか!?」

「いいや、これはただの導力操作。本来は名前なんて与えていなかったが、《皇の力》の一件でその大事さはよくわかった」


 そう言いながら、善大王は窓を閉めるように合図を送り、サムズアップをした。

 攻撃に向かないのは両方とも同じ。だが、片方は術であるにも関わらず、善大王は予備動作をほとんど持たずにそれを打ち破った。

 しかし、今回の技術はかつて使ったものとは違うように見える。


「(前のライトは導力を放出していた。だから、威力や硬度が低かったけど……あれは導力を一点に集中させ、攻撃性に特化させたんだね。能力の切り替えに名前を使うなんて、さすがライト!)」


 今回の《強力な一撃(マイティブロウ)》は、今まで善大王が使っていた技術の完全上位互換、というわけではない。

 一点集中というのは、逆にいえば攻撃範囲を狭めることになるのだ。

 広範囲防御、遠距離攻撃という目的を取ることになれば、こちらは劣る。

 だからこそ、完全に上書きをするわけではなく、名称を用いて技術の過程を切り替えた。


「だが、何故回避しなかった! それは俺の攻撃が読めなかっただけだろう」

「ああ、読めなかった。だが、もうお前の手は割れている」

「戯言を……っ!」


 それが嘘ではないと証明するかのごとく、《魔導式》の展開を開始する善大王。

 ゆっくり、着実に、急く様子を一切見せないという戦術は、相手に疑問を抱かせる。


「《光ノ二十番・光弾(ライトショット)》」


 光弾が放たれ、それが虚空を打ち抜いた。


「馬鹿め! どうやら思い違い──」


 黄色の鋭い光線が放たれたかと思うと、青い髪の男が再び出現する。

 その腹からは、鮮やかな赤色の血が流れ出していた。


「思った通りだ。お前は初めから、フィアに近づいていた。だからこそ、どの程度の方向に対策すればいいのかは読めた」

「ぐっ……だが、何故……っ! どうして!」

「気付いていないのか? お前の声の方向は、確実にお前の位置をあぶり出してくれたんだよ。だからこそ、確定する為に一発を無駄打ちした。後は、狙った通りの場所に一点集中させた導力を放てばいい」


 これこそが、まさに善大王の二段罠。

 相手のミスがなかったとしても、善大王は当ててきただろう。

 歩行スピード、心理的な移動速度の低下、それまでの移動経路から推測させる位置。最初に狙った場所からの誤差は大きくない──それこそ、善大王が導力操作の技術で遠距離攻撃すれば命中する範囲だ。

 さらに、今回はその導力操作に名前を与えている。それ故、相手は攻撃の発動に詠唱が必須だと錯覚し、一撃を逃した時点で油断を見せた。

 今の一撃は本来の力。とはいっても、一点収束型の、集中光線だ。


「これで終わりだな」

「ぐぅぅ……くそっ!」


 男は再び姿を消した。体力が限界に近付いており、そもそも移動するだけの余力を与えていないので、発見するのは容易。


「(術は使えないだろうし、虱潰しで探すか)」


 と、気長な意見を考え付いた時、善大王にとっての予期せぬ事件が起きた。


「ライト! やったね!」

「くっ、馬鹿! 早く戻れ!」

「えっ? もう魔力も消えて──」


 善大王が《皇の力》を使うかに思われた瞬間まで、ずっと考えごとをしていたからか、フィアは相手のステルスが魔力まで隠していることを知らなかった。

 こちらは予想するのは難しくなかったのか、フィアの背後に回り込んだ青色の髪をした男は、手に持った首輪をなめるように見つめる。


「これで、天の星は俺のものだぁ……世界は、いただいた」

「ライト!」


「(ったく、面倒かけさせやがって)」


 善大王は素早く腕を上げ、再び収束型光線を放とうとした。

 相手の方が一歩早く首輪をつけるが、それを無視して善大王の光線は打ちこまれる。

 脳天を打ち抜き、一撃で男の生命機能は停止した。もはや、善大王の動きに迷いはない。

 無事に倒れたのを確認すると、善大王は一直線にフィアのもとへと向かう。


「フィア、大丈夫か?」

「うん……大丈夫……」

「よかった。命令者さえいなければ起動しないと思っていたが、その通りみたいだな」

「……」

「フィア?」

「あっ……あ、ああああああああああああああああああああ!」


 突如として、カルトゥーチェの首輪から藍色の光が放たれた。

 闇属性の属性色ではあるが、旧時代に作られたこともあり、本来のそれとは色が違う。

 青色の成分がつよい藍色、というべきか。源流が水属性使いの初代フォルティス王なだけに、闇属性を用いたものではないようだ。


「(どういうことだ!? 既に起動できるはずは……)」


 ここで善大王は一つの疑問を抱く。

 何故、死亡したにも関わらず透明化の効果が継続しているのか。


「(まさか、まだ生きているのか?)」


 軽く頭を振ると、善大王は構えを取った。

 迷っている場合ではない。フィアを止めなければ、凄まじい被害に繋がる──フィア自身もただではすまないと察したからなのだろう。

 第一撃目は、フィアの十八番である天ノ十九番・空線(エアレーザー)が放たれた。

 動作もいつものとおりではあるのだが、善大王の反応は僅かに遅れた。


「(読めなかった?)」


 今の一撃、フィアの固定パターンとも言える術だったからよかったものの、それ以外であれば確実に命中していたはず。

 善大王としては、少女を相手にすれば余計な神経を張らずに済むのだ。

 相手の思考を予測し、そのままに動けば、それこそが最適解になる。しかし、今回に限ってはそうした察知能力に一切引っかかっていなかった。


「(洗脳の効果か? だとすると、ちょっと厄介だな……)」


 対人戦においては脅威の実力を誇る善大王だが、相手が《天の星》ともなると分が悪い。

 同じ《星》のミネアは少女の範囲に当てはまることもあり、勝利した。だが、少女と認知せずに戦ったティアには二度とも敗北している。

 前評判だけで言えば、善大王に勝ち目があるとは思えない。

 しかし、その条件を当てはまるならば一つの例外が存在している。

 そう、フィアと善大王は既に三年以上の月日を共にしているのだ。故に、初撃の回避を土壇場で間に合わせている。


「(結局は俺の庭での戦いか……だったら、楽なんだけどな)」


 フィアは無言のまま《魔導式》を展開し、次弾の装填に入った──もちろん、一つや二つではなく、五から六にまで伸びる同時展開だ。

 戦術パターンがワンパターンとしか言いようのないフィアであるからにして、その全てが天ノ十九番・空線(エアレーザー)であることは明白。

 それでも善大王は一つ一つを見定め、自分も《魔導式》を刻んでいく。

 一見するに無駄な行動だが、フィアが予期せぬフェイントを挟んできた時点で、一撃死だ。失敗を許されない状況ともあれば、この警戒ですら普通に見える。

 一発一発打ち込まれてくる光線だが、その全ての軌道が善大王に向かっていた。当然のようにも聞こえるが、これは甘い手である。


「(いつものフィアなら、きっと弾幕にしてただろうな)」


 戦闘面については、おおよそ子供らしくなく、フィアは相手を着実に狙い打ってくるのだ。

 にもかかわらず、現在の彼女はそうした相手の回避を潰す手を打ってこない。言うなれば、力を持った子供程度でしかないのだ。

 真正面、一直線であれば相対することはさほど難しくもない。

 むしろ、善大王が問題としたのはその先。フィアを倒したとして、本当に首輪の制御から外れるか、だ。

 最初こそは最悪の展開を考えて動いたようだが、今はそれ以外の解決策を模索する余裕を手に入れている。


「フィア、俺の声が聞こえるか?」


 目元が隠れ、表情も窺えない状態。善大王も、反応を悟れずにいる。


「フィア。戻ってきてくれ……俺は、お前とは戦いたくない」


 返事はない。動揺すら見せない。


「(駄目……か。くそっ、止めるしかないのか)」


 少女に手を上げることを嫌っている善大王からすれば、フィアに攻撃を浴びせるというのは、それだけでも気持ちの悪い感覚なのだ。

 だからと言って、茶化すように助兵衛な行動をする余裕は与えてくれないだろう。

 問いかけてフィアが応えるのを待つか。それとも、フィアを戦闘不能に陥らせ、首輪を奪い取るか……そのどちらかしかない。

 善大王は──どちらかを決めなかった。


「馬鹿娘! さっさと正気に戻れ! いつまでもオヒメサマ気取ってる場合じゃないだろ」

「うるさい……」

「(来たか?)」

「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!」


 感情が荒ぶると同時に、フィアの《魔導式》展開速度は上昇していく。それは、善大王にとっては不利な状況のはずだが……。


「《光ノ二十番・光弾(ライトショット)》」


 迷いなく、善大王は術を放った。フィアとは違う、冷静かつ経験に基づいた弾道。

 それぞれが《魔導式》に衝突していき、少し散らした程度で機能を停止する。

 《魔導式》の段階で術を終了させるには、高等な技術が必要になるのだ。術者が集中を乱せば簡単に行えるが、フィアなどの高位の術者を相手取るならば、その技術は必須となる。

 言うなれば、このように術をぶつけるのはただの時間稼ぎにしかならない。それも、ほんの少しの、息を吸う程度の時間。


「イラついてるなら術じゃなくて、言葉で言え。今のお前なら言えるだろう? 何も言えずにガタガタ震えていただけの、対人恐怖症のひきこもり姫じゃないだろ!」

「違う……違う違う! うるさい!」


 フィアの展開速度は加速──した。

 しかし、加速はしたものの、崩された式の修復を行わないままに完成を迎えている。発動させようにも、歯抜けなので起動すらしない。

 善大王の狙いは、フィアから真っ当な判断能力を奪い去ることだった。


「(悪く聞こえる言葉だけでも届いてくれたのは、僥倖だったな……)」


 だからといって、相手の心理が読めるわけではない。相も変わらず、命がけのやり取りは続く。


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