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予習での効果はほとんどない。善大王としては、とりあえず確認しておきたかった、という目的が大きかったのだろう。
ただ、善大王の様子を見るに、それすら不必要だったのではないかと思ってしまう。
「ずいぶんな自信だな。では、早速一つ目の試練を受けてもらおうか」
「分かった」
ビフレスト王からの指示を受け、善大王は垂直な岩壁をのぼりだした。
「(第一の試練は導力制御。この岩壁を道具もなくのぼりきるには、如何にして安全を確保できるか、だ)」
この試練では安全にのぼりきることが課題とされている。
しかし、最低限の腕力さえあれば、後は導力によって補助しながらのぼっていくだけ。簡単ではないにしろ、時間をかければ可能だ。
ただ、その導力制御技術は術者でいっても上位に入る人間しかできないような、長時間の持続が必要となる。
その……はずだが。
「なっ……あれは、あれは何をやっている」
「ふふん! ライトはろっくらいみんぐってのもできるんだよ」
適当に聞いていたからか、フィアはロッククライミングのことをきちんと言えてなかった。
ただ、まさにそのとおり。善大王は岩壁をよじのぼるような技術を習得している。
僅かな窪みや出っ張りで足場などを確保し、高い脚力で素早くのぼり、強い腕力で安全を確保していた。
導力の放出は一切行われていないが、これは善大王が苦手としているから、というわけではない。
導力による吸着は、物質に存在する目にも見えない隙間にエネルギーを流し込み、張り付いているのだ。それを四肢全体──もしくは腕二本でやるにしても、付け外しに時間がかかる。
そういう面でみると、ただの筋力でのぼりきったほうが遥かに早いのだ。
問題は、安全性だが、それについても善大王は無視していない。
「しかし、落ちた時にどうするつもりだ」
「ライトは落ちないよ。それに、手を滑らせても……ライトなら、すぐに貼り付けるから」
フィアは知っている。善大王は驚異的な才能、広い知識や技術に限ったことではなく、導力の制御も凄まじいのだと。
技巧や身体能力、導力制御と全てが揃い、ただの人間──《皇の力》を用いずとも──でありながらも《選ばれし三柱》と互角以上の戦いができている。
「それに、落ちたら私が助けるから」
何故か誇らしげな表情をするフィアを見て、ビフレスト王は不思議に感じていた。
「(かつてのフィアが、このような顔をしただろうか。もっと、悲観的……自分に自信がない子だと思ってたが──善大王に似たのか?)」
若干失礼だが、善大王は自信家に見られやすい。そして、実際に自信家だ。
閑話休題、善大王は早々に壁をのぼりきり、サムズアップをしてみせる。
だが、あまりの高さ故か、善大王の形が見える程度で何をしているかは見えなかった。
「本当にやってのけるとは……しかし、これは突破を認めざるを得ないか」
帰りは気楽なもので、降下用の《魔技》を発動させ、無事に着地する。
「次は滝のぼりだったか?」
「フィアが教えたか」
「一ヶ月も使ってられないんでね。かなり巻きでいく」
善大王の言葉に、偽りはなかった。
導力の補助があるとはいえ、滝を泳ぎだけで突破。
道具なしでの激流川下りも然り。水泳の心得がある時点でアドバンテージとなる──ミスティルフォードでは水泳を熟知している者は少ない──とはいえ、これはそうした常識を覆すような結果だ。
そこからは座学、礼儀作法、社交性、術試験、剣術、筆記技術、ダンスなど、言いきれない数の試練を突破していき、四日目時点で最後の一つを残すところとなる。




