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「ねぇ、お父さんを本気で倒しちゃう気だったの?」
「さぁ、どうだろうな。……で、族長は強いのか?」
「結構強いよ。戦ったことはないけど」
「なら、大変な勝負になりそうだ」
笑いながらそう言い、ティアについていく。
「領地ってのになったら、自由になれるんだよね」
「ん……ああ、そうだな。閉鎖民族という風習も消えるわけだしな、他国に行くのも自由になるはずだが」
「なら、わたしは善大王さんに賛成かな。外の世界に行ってみたいし」
「それなら、族長の前で賛同してくれ。娘が言うなら聞いてくれるだろ」
「お父さんは頑固だからねぇ、わたしが言っても聞いてくれなさそうかな。だから! 善大王さんには頑張ってほしいよ」
期待の眼差しを向けられ、俺は噴き出してしまった。
「ああ、やれるだけは頑張ってみるよ」
到着したのは小さなテントだった。
「ここ、わたしのお家だけど、今日は使ってもいいよ?」
「お家って……族長とは別なのか?」
「小さい頃はあっちだったけど、最近はこっちかな」
テントの中は生活するには不自由しない程度の広さだった。
地面には外の世界で流通していると思われる本が積み重ねられ、衣類などが投げ散らかされている。
「だいぶ刺激的な部屋だな……うん、良いと思うけど」
「じゃ、そこのハンモックを使ってね。わたしはこのベッドに寝るから」
そう言い、ティアはベッドの中にもぐりこんだ。
俺はハンモックに乗っかり、毛布を纏うと、そのまま眠りに落ちようとする。
「善大王さんって、何歳なの?」
「俺か? ……三十二、だったか。年を取ると数えなくなるからな」
「じゃあ、お兄ちゃんと同じくらいなんだね」
それから少しの間は雑談し、夜も更けてきた頃にティアは眠りに落ちた。
さらに時間を待ち、完全に睡眠状態に入ったと確信した時、俺はハンモックから降りた。
「王族じゃないし、少しくらいつまんでもバレへんやろ」
一瞬、シナヴァリアの影がちらついたが、そんなことも気にせずにベッドに入った。
スッ、とスカートの下に手を伸ばした時、一つのことに気付く。
「うむ、下着類が落ちていないと思ったら、つけてすらいなかったのか。それでスカートって言うのも前衛的だなぁ」
冷静に感想を述べ、むしろこの状況は都合がいいと、俺は早速戦闘形態に移行しようとした。
「ティア、来ました……」
誰かがテントに入ってきた。声からするに、少年か。
「ティア? もう寝ていますか?」
ああ、もう寝ている。さっさと出て行ってくれ。
「……ティア? 約束の時間ですが」
瞬間、毛布が捲くられ、ティアに手を出そうとしている俺の姿が露わになる。
「や、やぁ少年。こんな夜更けにどうした」
「……な、何者だ」
深緑色の髪をした少年。彼も間違いなく《風の一族》だ。
「俺は善大王。ちょっとした理由でティアの家に邪魔している。一応言っておく、ティアが誘ってくれたんだからな」
「で、何をしていたんだ! お、お前はティアに……」
「まったく、少年はピュアだなぁ。外界ではこのくらいのことは挨拶代わりさ。人々は出会いがしらにキッスをし、仲良くなればこんなこともする。自然なことだ」
「一族ではそのようなことはしない!」
憤った少年は《魔導式》を展開した。緑色――風属性の属性色か。
それにしても、この年で術を使えるとは、感心感心。ただ残念、俺は珍しい風属性の術を含め、全ての術を知り尽くしている。
「風ノ六十九番・鎌鼬か。俺が回避したらティアに当たるぞ」
「ッ……何故この段階でそれを」
「くぐってきた死線の数が違うんだよ。ほら、今日は帰った帰った」
しかし、少年は《魔導式》の展開を止めない。俺だけに命中させる気だな、若者特有の無謀か。
「ガムラン! そんなの使ったら危ないよ!」
振り返ると、寝ていたはずのティアが目を覚ましていた。
「ティア……ですが、その男は」
「えっ、何かしてたの?」
「――いや、何にも。起こして悪かったな」
起きている相手に手を出すのは少し気が引ける。
大人しくハンモックに戻って横になると、入口に立っていた少年も《魔導式》を解除した。
「ティア、今日はどうしたんですか?」
「えっ、あー……呼ぼうと思ってたけど、善大王さんが来たから今日は帰ってもいいよ?」
「あの、分家の方からわざわざ来たのですが。あと、ガムランはやめてください。ガムラオルスという名前がありますので」
「遅いから、泊まっていく? ハンモックも空いてないからわたしのベッドに入れてあげるけど」
「ほう、良い話を聞かせてもらった。少年、このハンモックを使うといい、俺はティアのベッドに入らせてもらう」
「……この男は何者なのでしょうか」
「善大王さん! お兄ちゃんの友達なんだって」
シナヴァリアの存在がほのめかされた時点で、ガムラオルスの顔色が変わった。
「ウィ――シナヴァリアさんの……ですが、こんな男と付き合っているなど」
「シナヴァリアは宰相、俺は王様。つまり俺は、あいつの上司だな」
幼女と一緒にぐっすりコースを望んで食ってかかったが、ティアが口を挟んでくる。
「善大王さんだと狭いからやだ!」
「む……なら、ならばいいだろう。少年、今日のところは譲ってやろう」
「何様なんだよ、お前……」