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「何を話しているんやら……盗み聞きなんてしたら、あの親馬鹿が怒るか?」
フィアとビフレスト王は個室に入り、一対一で話している。善大王の立ち入りは認められず、扉の前で待つようにと言い付けられていた。
善大王が気にしている個室の中はというと、想像以上に重い空気に包まれている。
フィアは知ってのとおりで内弁慶もいいところ。ビフレスト王も、フィアを愛しているが、それを態度で表すことができない。
両者の膠着状態は続くかに思われた。しかし、口火を切ったのは、意外にもフィア。
「お父様。私は、ライトのことが好きです」
「何故だ」
「ライトは、私を守ってくれた人だから。優しくて、強くて……」
「それで男を選ぶのは、正しいとは思えないな」
いくら親馬鹿なビフレスト王とはいえ、自分の愛娘が別の男のものになるというのは、どうにも気に食わないらしい。
もちろん、そんな私情での発言にも論理性は含まれていた。
「あの人は……あの人だけは、私を助けてくれたの。そして、ライトだけが、私を見てくれたの。天の国のお飾りとしてじゃなくて、私という女の子を」
「……」
「ライトと三年の時間を過ごして、やっと見えるようになってきたの。いままで、ずっと……ずっと、ただの背景にしか見えなかった世界が」
「それは、義か」
「愛……かな」
認めたくはない。ただ、ビフレスト王は否定する資格を持っていなかった。
「お前を助けられなかった私に、邪魔をする権利はないか」
「違うの! そうじゃなくて……昔は分からなかったけど、お父様も私のことを考えていてくれたことは、分かるの。その、そういうのじゃなくて……」
「大丈夫だ。よく分かった」
「お父様! 迷惑かけて、ごめんなさい……優しくしてくれて、ありがとう」
その言葉が出た途端、ビフレスト王は唖然とし、すぐに口許を緩ませる。
善大王のやったことを全て許す気になれなくとも、娘がそれを理解するに至ったことに関しては、感謝するしかなかったのだ。
言葉を発した後、反応の薄さにあたふたし始めていたフィアの頭を撫で、ビフレスト王は告げる。
「私こそ、ずっと謝りたかった。そして、ずっと感謝していた。フィア、よく帰ってきてくれた……善大王にも、感謝せざるを得ないな」
父が認めてくれたのだと確信し、フィアは安堵する。
だが、そこで止まるはずがなかった。
「交わりは認めないが」
「えっ?」
「二人の健全な交際自体は認めても構わない。だが、フィアと交わろうとすることだけは認められんな……子を身篭っては、彼としても厄介であろう」
否定を入れようとしたが、フィアの脳裏には善大王が口すっぱく言っていた、結婚はしたくないという単語が過ぎる。
それを思って悲しくなるのが昔のフィア。今のフィアは、逆に怒り出し、意地悪な手を考えた。
「私はそれでもいい」
「しかしだな……天の国と光の国は──」
「だって、私はライトと結婚するんだから」
世界が、硬直したかのように、空間に満ちていた音が静止する。
「…………なんといった?」
「ライトと結婚するの」
「フィア、それは軽々しく口にすることではない。貴族に伝われば、善大王も手を焼くだろう」
「私が戻ってきたのは、お父様に気持ちを伝えたかったのもあるけど……お父様にライトとの関係を認めてほしかったの」
善大王にいくら言っても、一度たりとも了承を取れたことはなかった。
なればこそ、外堀を埋めるというべきか、外部から攻め落とすというべきか……ビフレスト王──父を介在し、結婚へと至る道を示す。
このポジティブさは、善大王と共に過ごした結果。善大王としては、仇となった形だ。
「なるほどな……フィアがそこまで言うのであれば、中途半端な気持ちではあるまい」
「うん」
「だが、簡単に許すわけには行かない」
一度フィアの様子を窺ってから、続ける。「善大王には試練を受けてもらう」
「試練?」
大きく頷いた後、ビフレスト王は背をむけた。
「辛い試練だ。しかし、それを突破できるのであれば、王族として文句を出すことはできない──かつての私のようにな」




