結婚と試練と盗人と
執務室の中、善大王は机に向かい合い、仕事に勤しんでいた。そんな最中……。
「ねぇねぇ! ライト、結婚しようよ!」
「夏の終わりには雷の国で夏祭りか。フィア、行くか?」
「話をそらさないでよー!」
軽いパンチを打ち込んでくるフィアを無視し、善大王は警備計画などの提示を要求し、署名を済ませた。
「でね、結婚が……結婚で……結婚でね」
「あーもう! 仕事中だ! 少し静かにしておいてくれ!」
「うぅ……私はただ結婚したいだけなのにー」
さすがに三年も一緒にいる為か、善大王もフィアには気兼ねをしなくなっている。
仮にも少女だというのに、この反応は親友などに向けるそれに近いのだ。友達以上か、それも少し違うか。
「そういえばさ、ライト」
「なんだ?」
「天の国に行きたい……」
途端、フィアは何かを思い付いたかのように、黒い笑みを浮かべた。
言葉が区切られたような発言だが、それ自体でも文章が成立しているので善大王は返事をしようとした。
「ああ、分かった。護衛を──」
「天の国に行きたい……んだけど、ついてきてくれないかな?」
「ん? ……何故、俺が?」
否定形というよりかは、完全な意味での疑問系らしい。
「えっとね……うん。私、お父様に謝りたいの」
「唐突な心変わりだな──いや、いい傾向ではあるが」
少し前のフィアならば、自分を閉じ込めていたビフレスト王を憎んでいてもおかしくはなかった。文字通り、少し前ならば……。
最初に会った頃ならば、世界に絶望し、憎むという人間らしい感情すら抱かなかったかもしれない。
この三年間、かなり不本意な形とはいえ、ビフレスト王の願いは果たされていた。
人間らしく、女の子らしく、そして──親らしく……?
「エルズの影響か?」
「うん。あの子の親──になれたかは分からないけど。親として暮らしてみて、お父様のことが少し分かった気がするの」
「あの半年は無駄じゃなかったな。フィア、それは本当なら、もっとずっと先まで気付かないことだ」
普通、それに気付くのは成人し、その上でしばらく経ってからだ。もしくは、親が死ぬまで理解できないこともある。
その意味で言えば、フィアは十三歳という若さで気付いたことになるのだ。善大王が成長を素直に喜ぶのも頷ける。
「それにしても、フィアは立派に育ったからな……きっと、ビフレスト王も驚くだろうな」
「だと、いいな」
「思い立ったが吉日だ。今からでも出発しよう」
「えっ? 大丈夫なの? 仕事は?」
「安心しろ……手はある」
善大王はすばやく文字を書いていき、その紙を入れた封筒を目立つように、書類の上に置いた。
そうした準備を終え、少し迷った後に身に纏っている法衣のまま出発することを決める。
「よし、行くぞ」
「えっ……うん。いいのかなぁ」
そうして、意気揚々と二人は光の国を発った。
──昼も過ぎた同日の夕方……。
「善大王様、進捗は──」
誰もいない執務室内を一瞥すると、すぐに手紙が見つかる。
封筒を開け、中身を検めた。シナヴァリア宛だったので、無礼というわけでもない。
「ビフレスト王から要求されていた、定期面談……ですか。今まで天の国を避けていたようですが」
嘘だということは、当然ながら看破された。
しかし、シナヴァリアはその上で理解している。宰相としては甘いが、フィアの心配をしているのは善大王だけではないのだ。
「(ようやく、歩み出せたんですね)」
本当ならば無視──まではしないにしても、帰ってきた善大王に山ほどの仕事を押し付け返すシナヴァリアも、本件に関しては親心のようなもので不問とすることを決めている。
もちろん、言い訳もあった。善大王も考えてあるはずの言い訳。
「天の国との、関係改善……ですか」




