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大空のフィア  作者: マッチポンプ
中編 少女と皇と超越者
245/1603

23

 ──冒険者ギルド、最上階。一室にて……。


 一人残ったギルドマスターは、薄い笑みを浮かべた。


「(あの善大王が介入してくるとは……都合がいい。とても都合がいいではないか)」


 ギルドマスターは通信術式を複数開く。


「今すぐにブランドー領の城に向かえ。子供の拉致、人体実験の痕跡が見つかるはずだ──問題ない、何なら善大王の名を使って踏み込めばよい」


 この命令は、ランクⅣの冒険者数名に出された。これだけの人数であれば、調査を妨害されようとも返り討ちにできる。

 ギルドマスターは、エルズが犯人だということに気づいてはいた。だが、最初の理由と同じだ。

 エルズを差し出したとしても、貴族へのアピールとはなりえない。

 それならば、悪と確定できた貴族を追い落とせばいい。過ぎたることをしたのが原因であり、そして善大王と天の国の介入があっては誤魔化せない、と。

 こうすれば、冒険者ギルドの責任は無に等しくなるのだ。

 もちろんタダでは済まないが、ギルドとしても《放浪の渡り鳥》という存在はそこまでしてでも、手元に収めておきたい存在でもある。


 ──それから、数日後。冒険者ギルド本部、会議場にて。


「証拠については、以下の資料のとおりだ」


 ギルドマスターの言葉に従い、全員が視線を机に向ける。

 フィアがかなり曖昧な治療を行った為か、中途半端な怪我──突き指や打撲程度──を残した者が多くいるが、さほど問題とは思えなかった。


「なるほど、善大王様の対処に問題はなかった、と」


 ティアの無罪放免はギルドの出したものではなく、善大王の特権によって先出しされたものだった。

 結果として問題がなかったとはいえ、こうして明らかになるまでは上層部が本件について謝罪と賠償を要求する姿勢でもあったのだ。


「しかし、大量虐殺の証拠は」

「それについては、もう必要がないと思うが?」


 ギルドマスターの発言は、つまり簡単な答えの提示である。

 善大王の論理に従ったとしても、一切問題がないのだ。そもそも、ブランドーを貶めるには、不当な拉致監禁や暴行、人体実験などで十分すぎる。

 冒険者ギルドとしてはティアを今後とも、看板にしていくほうが得になるのだ。だからこそ、もっとも怪しい──そして一度は自供した──ティアを突き出すのは論外。

 貴族側への配慮についても、ブランドーが行き過ぎた行動をしたというので決着がつく。

 もちろん、貴族からのブランドーからの支援金は断ち切られるが、そこは冒険者のクリーンイメージで帳尻を合わせる打算のようだ。

 もはやならず者やゴロツキのような扱い──過半数がそれであることは事実だが──を受けている冒険者を、創設当時の冒険者像に戻せるのは途轍もない利になる。


「では、この件は手打ちと」

「それで良いだろう」


 続いて、次の書類に目を通していった。


「冒険者エルズの、本部襲撃については」

「……これは、問題だろう。不問にした上で事件が知れれば、過激な冒険者に口実を与えることになる」


 ギルドマスターとしては、直接的な被害を受けていないので、事実かどうかも明らかになっていない。

 なにせ、看守などの交戦していたはずの者達も、覚えていないというのだ。

 この場合、エルズが何かしらの方法で潜入し、監獄に入ってティアを焚きつけてから脱出したという判断が無難だろう。

 もしそうならば、それは襲撃とは言えない。


「会議場襲撃は事実なのか?」

「それは間違いありません」

「ええ、突如として複数人が暴れだし──あれは、幻術を使われたとしか」


 この中でも、半数以上が記憶を残していないと言っていた。

 負傷やショックで記憶が飛んだ者、そもそも最初に洗脳され、ひたすら暴走していた者には覚えがなくても仕方がない。


「たしかに、敵対行為はよくないな。だが、ギルド側としては、この件を蒸し返す方が分が悪いと思わんかね」

「と、言いますと?」

「冒険者エルズは捕まれば、おそらくこう言うだろう。不当に捕縛された《放浪の渡り鳥》を助けに行っただけ、と。そうなれば、ギルド側に不信感が立つ──さらに、な」


 ティアが不当に捕縛されたことは、世間的には事実になっている。

 それについての冒険者ギルドへの不信感はいうまでもないが、肝心のティア側が気にしていないので、騒ぎ立てる者達の煽動は少数で留まっていた。

 ただ、これがティアの関与するところとなれば、善良で無関係な民衆が一気に正体を現して、敵対者となってくる。

 ティアという絶対正義の旗の元、本来裁かれるべきだった冒険者ギルドへの攻撃が始まるのだ。

 故に、ギルドマスターとしてはティアが流したことを逆手に取り、そのまま何事もなく終わらせるのが良策だと見ている。


「ですが!」

「死傷者も出ていないのだろう? 襲撃を目的としていたのであれば、すぐさま自害を命令していたはずだ。違うかね?」


 エルズの私怨が絡んでいたのだが、当然それを知る者は誰もいない。

 そもそも、上層部が襲撃された、という事実は誰も知らない。あえて公開する方が、防衛の甘さを突かれる可能性もあった。


「……だが、このままにしておくのはよくない。冒険者エルズには、本部への不法侵入の罪で《幻惑の魔女》の二つ名を与えることとする」


 《魔女》──その二つ名は、《悪魔》と並び立つ、女性冒険者にのみ与えられる悪名だ。

 

「それこそ、《放浪の渡り鳥》側に動かれる機会を与えてしまうのでは?」

「冒険者エルズは、断りもなく侵入を試みた。いくら通す可能性がないとはいえ、これは相手としても後ろ暗い部分だ」

「なるほど……」


 悪名を付けられたからといって、具体的に犯罪者扱いされることはない。

 ただ、《紅点(レッド)》の予備軍としては扱われる為、冒険者としての権限が一部制限される。さらに、冒険者ギルドの支部である酒場においても、それ相応の扱いになるのだ。

 もちろん、その悪名の性質は民の知るところである為、必然的に排斥されることも多くなる。

 手を汚さず、相手にダメージを与えられる。それこそが、この二つ名における罰だ。

 事実、このような二つ名を与えられた者の多くは冒険者を引退している。エルズがこれで勝手に消えれば、それもまた良し、という考えなのだろう。


「では《幻惑の魔女》の二つ名を世界中の支部へ伝令し、広めるように手配します」

「なるべく早く、な」


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