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大空のフィア  作者: マッチポンプ
中編 少女と皇と超越者
243/1603

22

「……誰もいないね」

「変ね。エルズもここの看守は殺してないから、帰りにまた戦うかもしれないと思ってたけど」

「うん、大丈夫みたいだし……それ、はずしてくれないかな?」


 ティアに言われ、エルズは振り返った。顔はもちろん、《邪魂面》に覆われている。


「えっ? 嫌?」

「嫌って言うか……なんかそれ、怖いし」

「うーん。確かに、怖いかも」


 顔に装着している状態であれば、それこそ脊髄反射のような速度で精神干渉を行えるのだ。つまりは、それを外すというのは、それだけで危機が増えることに繋がる。

 それは当然分かっているエルズ。ただ、彼女の場合は、それよりも親友の意見の方が重かったらしい。

 あっさり仮面を外すと、懐にしまいこんだ。そうして視界に映らなくなって時点で、改めてティアに笑みを向ける。


「でも、本当によかったのかな……脱走して」

「大丈夫だよ。ティア……法がティアを裁こうとしても、ティアが良いことをしたって、理解してくれている人はいるから」


 そう言い、エルズは窓に近付くと、本部前に押し寄せる民衆を指差した。


「みんな、ティアのことが心配って人達。心配で、そして感謝している人達」


 ティアはとても非人類的な考えを持っている。だからこそ、見返りなどではなく、人を助けてきた。

 助けてきた人達を数えたこともない。ただ、助けた人の顔だけを覚えているだけ。

 そんな、打算を含めていない彼女だからこそ、目にした数値化──可視化された人々の姿を見て、心底驚いた。


「みんな、ティアのことを待ってくれているはず」

「そうかな?」

「うん。きっと、そうだよ」


 心の中にあった不安が氷解したかのように、ティアの足はそれまで以上に軽くなる。


「行こう!」

「ついていくよ。ティア」


 そうして、二人は監獄の外へと出て行った。もちろん、監獄の壁をぶち抜くという荒業を用いて。

 一階に相当する階層──もちろん出入り口のない場所から、突如として処刑される予定の人物が出てきたもので、誰もが驚きに開口した。


「(敵は……いない? いや、いるけど……人の前だから動けないの?)」


 エルズは諜報部隊時代の勘で、瞬時に本部の手の者に辺りをつける。

 視線や擬態行動、魔力など調べる材料は多くあった。幸い、相手はその筋にしていえば素人と同程度。


「ティア、ここから離れたら襲われるかもしれない。だから、覚悟しておいて」

「うん」


 今にも懐の仮面に手を触れようと身構えていたエルズの手を掴むと、ティアは笑って一歩を歩み出した。

 自ら道を開けていく群集の中、二人の冒険者は進んでいく。これからどこに進むのか、彼女らはそれすら考えていなかった。

 しかし……。


「《放浪の渡り鳥》、会うのは初めてだな」


 偉そうな口調の男性に、若干の苦手意識を持ち始めていたティアだったが、この声はそういう人物ではないとすぐに気づく。


「善大王さん?」

「そうだ。君のことはよく聞いている。風の噂でも、我が方に送られる情報にしても──とてもすばらしい冒険者と記憶している」

「そんなぁ……えへへ」


 真面目な表情をする善大王を見るのは初めてらしく、ティアはすぐに表情を戻した。


「今回の件についても、当然聞いている。だが、多少の御幣があるらしい──つまりは、君達に非がないことが明らかとなった」

「えっ?」


 ティアはエルズと顔を見合わせる。二人とも、本当の犯人を理解しているだけに、余計奇妙に見えているのだろう。


「普通であれば、恐れて手を出せないだろう貴族に、よくぞ立ち向かった。君達の勇気を、私は褒め称えよう」


 その言葉を聞いた途端、周囲で様子を見ていた民衆が一斉に拍手を行った。

 善大王のこの発言。これだけで、罪が赦されたことが明らかになったのだ。

 ギルドマスターから命令がきたのか、入り口を封鎖していた役員達も群集に混ざり、拍手喝采を送っている。

 誰もが、このティアの起こした英雄的行動を評価していたのだ。


「善大王さん、これって……」

「言う必要があるか? 君達の罪は許された。これからも、冒険者として正義の為に働いてくれ──いや、変わらずに冒険をしてくれというべきか」


 ようやく事情を理解し、ティアとエルズは二人で喜びを分かち合い、過剰な反応をしてみせる。

 そんな二人を見ながらも、善大王は法衣を翻し、背を向けた。

 去っていく善大王を見て、エルズは不意に、声を発してしまう。


「パ……」


 言いかけた。しかし、そこで止まった。

 そうして、黙ったまま頭を下げたエルズを見て、善大王は口だけを動かす。誰もその意図を察することはできないが、エルズには分かった。

 読唇術ほど信頼の置けない技術はない。しかし、エルズの場合は、父が何を言うのかがうっすらとだが分かっていたのだ。


「(世話かけさせるな……か。パパらしい、厳しい感想かな)」


 それだけであれば厳しい言葉なのだが、それを言いながらも善大王が笑っていたことから、冗談を含ませたもの──善大王本人のユーモラスに満ちた発言なのだと知る。

 去り往く父の背中を見つめながら、エルズはティアの手を握り、彼とは逆の方向へと歩み出した。


「えっ、エルズ?」

「いこう! ティア!」


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