21α
──会議場内。
「……これは、ひどいわね」
血と混迷が満ちる会議場に訪れたのは、フィアだった。
善大王は最後の役割に備えている為、唯一権力に関与していないフィアがこうして別行動の役を受けている。
「静まりなさい」
地面を蹴った途端、橙色の光が部屋中に広がり、騒ぎは瞬間的に終息した。
天属性による、属性の対消滅。《邪魂面》による洗脳もまた、この天の星が持つ無効化能力の前には無力だ。
暴走が停止した時点で、事前に展開していた《魔導式》を起動させ、天ノ三十九番・転寝──広域催眠系統の術──によって全員を眠らせる。
自分の姿が認識されていないとすぐに判断し、フィアは識別救急をした。
エルズの憎悪により、死へ向かう時間は目に見えて伸びている。もちろん、この者達が負った痛みは、全て本物なのだが……。
「(死亡者なし……とりあえずは、予定通りかな)」
フィアにとって想定外の事態は、ここで一人でも死亡者が出ていることだった。
逆に言えば、そうでなければどうにでもできる。
重傷者から優先し、天ノ七十二番・天恵──強力な単体治療系の術──を発動させていった。
今回は自身の存在を誰にも探知されることなく治療を終え、この場から立ち去らなければならない。その条件下であっても、やはり《星》は強かった。
通常であれば重傷者の治療ともなると、光属性使いや水属性使いでも長い時間や精密な操作が必要になる。
しかし、フィアはそれを寝返りを打つかのように、容易にやってのけた。
砂漠にまぎれた一粒の砂を見つけ出すような精密動作をしながら、同時並行的に《魔導式》を展開し、それによって治療を行っていく。
口で言えば簡単だが、これは術者の概念において言えば──人間の法則においていえば、明らかに凄まじく人間離れした技だ。
事実、フィアも《天の星》としての力にさほど制限をかけずに行っている。そうでもなければ、このような作戦を成立させることすら叶わないのだ。
そこまでしてでも守りたいものがあった──ということだろう。
「(これで重傷者の処置は完了……でも、そろそろ時間制限かな)」
善大王の事前調査、フィアが現在進行形で行っている本部内の巡回などを鑑みるに、もう時間はない。これ以上は、誰かに気づかれる可能性が段飛ばしであがっていくのだ。
已む無く、フィアは最後の締めを最低限に留める。
もともと、死に至る傷を負った者だけを治療する、という約束で善大王に話を通していた。だからこそ、この最後の行動は完全な蛇足とも言える。
展開された橙色の《魔導式》が完成すると同時に、フィアは踵で地面を蹴った。
天ノ百番・天恵光が発動し、会議場内に眩い光が広がる。今回は目くらましではなく、天属性による光属性と同等の肉体治癒が行われているのだ。
そうした閃光の中でも、フィアは自分の役目が終わったとばかりに、瞳に虹色の光を宿しながら出口へ直行する。




