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大空のフィア  作者: マッチポンプ
中編 少女と皇と超越者
240/1603

19α

 ──冒険者ギルド本部。


「入らないでください!」

「通してくれないか?」


 押し寄せる民衆を押しとどめていた役員だが、一人の男が理性的に問いを投げてきたことに気づき、丁寧に対応する。


「すみません。現在は──」

「こういう者だ。通してくれ」


 フードをかぶっていた男は右手の甲を見せた。

 それだけで役員は畏まり、その男と少女を通す。

 警告音の騒ぎで本部内の混乱は極限にまで高められ、走り回る役員や高ランクの冒険者達が徘徊していた。

 そんな中、白い法衣を纏う男と金髪の少女は静かに──荘厳に歩く。

 誰もが異常だと分かりながらも、誰も声をかけられない。そう、誰が見ても彼らは貴族でしかなかった。それも、大貴族級の。


「ライト、大丈夫なの」フィアは小声で問う。

「ああ、なんとかな」


 口調こそいつも通りだが、善大王の表情はまさしく王のそれだ。

 フィアも今回は事情が事情と、お淑やかな雰囲気を出している。髪に結ばれているリボンも外されており、衣服もエプロンドレスから天の国時代のそれにしてあった。

 そして、一番大事なのは首にささげているネックレス。その中でも、天の国の紋章が刻まれた橙色の宝石部分だ。

 上層の階まで一度も呼び止められることなく二人は進み、ついにはギルドマスターの部屋の前にまで辿りついた。

 幾度かノックし、返答が聞こえた時点で扉を開ける。

 ティアと相対した時は重々しい気配を出していたギルドマスターだが、善大王を前にしてその態度は自殺行為と、役職に相応しい雰囲気と穏やかな態度で迎える。


「善大王様がこのような場所にいらっしゃるとは」

「──ああ、俺としても冒険者関連は書類だけで済ませたかったよ」


 長い沈黙の中、フィアの役割はただ立っていることだけ。

 一言の言葉も必要とせず、姫らしい様子で立っているだけ。それだけで威圧感になると善大王は伝えていた。


「……そちらのお嬢さんは」

「フィアだ」

「フィア……天の国の姫君と同じ名前ですが、偶然というわけでもありますまい」

「もちろん、本人だ。わけがあって、今は俺が預かっている」


 ここはアドリブになるが、フィアは正しい動作で頭を下げてみせる。


「……! それで、善大王様が天の国の姫君を連れて、何の用ですかな」

「急くな。急くのは若者の専売特許……それに、今は大人二人で話し合っているんだ、時間ならいくらでもあるだろう?」


 善大王が来ているのだから、時間は作れ、という威圧だった。

 事実、善大王はブランドーという大貴族すら霞む王だ。それも、王の中でも最高権力を持つ《皇》。

軽くとは言えないにしても、冒険者ギルドを立ちゆかなくするくらいは容易な立場だ。

 それ以前に善大王はシステム上、冒険者ギルドの最高顧問という性格を持っている。もちろん、実権もなければ、過剰な資金提供も行ってはいないのだが。

 古くを遡れば、伝説の冒険者カルマの時代の出来事だ。冒険者ギルドが今の繁栄に至るまでに、その当時の善大王の力が関与していたことは明らか。

 閑話休題、冒険者ギルドにおける《紅点(レッド)》の指名手配や逮捕後の処遇など、俗にいう治安維持機能の一部を善大王が握っているのだ。

 そうでなくとも、冒険者ギルド側に送られた依頼の中で、重要な案件は善大王の手元に送られている。そうしたものを、書類という形で善大王が処理をしているのだが。

 要約するに、善大王は冒険者ギルドとして無視ができない存在なのだ。直接的権力や地位などを抜きにして。


「《放浪の渡り鳥》が捕まったと聞いた」

「噂にしても公式発表にしても、ずいぶん前のことですが」

「ああ、そうだ。だから一応な……それで、こちらとしては《放浪の渡り鳥》の処罰には何の不満もない」


 フィアは、誰も気づかないような一瞬だけ、驚いた表情を見せた。


「処刑は過剰だと」

「そうだ」

「ですが、事件が事件ですよ。大量虐殺、死者の数は指折りで数えられる問題でもありませんし、中には身元の特定が不可能なものまで混じっている始末──このような狂気の犯罪を、まさか善の王である善大王様が覆そうとは……とても思えないのですが」

「《放浪の渡り鳥》は都合がいい。近代の冒険者ギルドにしては、とてもクリーンな冒険者だからな」

「ほう」


 元冒険者でありながらもこのようなことを言う辺り、善大王も既に本部側の腐敗には気づいていたのだろう。


「大昔、善大王は伝説の冒険者カルマを自身の名声を高める為に利用したという。もっと言えば、善大王の面倒事の一部を負ったのが冒険者ギルドだったのだがな」

「それは歴史的な出来事で、政治的な出来事ですよ。冒険者ギルドの本分、創始者の意思を汲んでいるものとはとてもとても……それとも、善大王様は《放浪の渡り鳥》を利用したいと?」

「さあ、どうだろうな」

「善性の王が、まさか私利私欲で公平さに欠いた行動をするとは……いや、そうではない、でしょう?」

「なに、気にしなくてもいい。俺は冒険者ギルドの方針(・・)に文句があるわけじゃない。仮にも俺は人間だ。多少の我欲はある──そうだろう?」


 善大王ほどの人間が、貴族との癒着に気づいていないはずがない。

 それを知った上で、あえてこのようなことを言っているのだ。もちろん、それをちらつかされて気付かないほど、ギルドマスターも愚かではない。


「ご意見拝聴いたしました。ですが、処刑を今日の今日で取りやめにはできませんな」

「まぁ、そうだろうな」


 一度は背を向けた善大王だが、すぐに振り返って一枚の紙を机の上に叩きつける。


「当時は冒険者として世話になったこともある。だから、これは個人的な礼だ」

「と、いいますと……っ」


 一枚の紙だが、そこには明確な事実が無数に記載されていた。

 ブランドーが行っていた悪行。主に子供の拉致、不正な方法での人身売買。

 それだけであれば恐ろしい程度で止まるが、その調査に天の国が関与しているということも書かれているだけに、厄介さは跳ね上がる。


「これは……」

「証拠は、天の国の姫の同伴で十分だろ?」


 フィアの首に下げられたネックレスに刻まれた天の国の紋章。それは偽造していいものではなく、善大王がこの件の為だけに作ったものではないと判断ができる。


「ですが、《放浪の渡り鳥》は多くの──」

「彼女がそこまでするとは思えないな。いや、したとしても数人だろう」

「それは推測ですか?」

「ああ。ただ、問題はこれだ」


 もう一枚の紙が取り出された瞬間、ギルドマスターの表情が変わった。


「人体実験?」

「ブランドーの子であるメリオの悪行はそちらに示したとおりだが、ブランドーは飽きられた玩具を利用し、実験を行っていたという。詳細は──不明だが、事実であることは間違いない……なんなら、リーフという、あの屋敷に仕えていた者と繋げるが」


 通信術式を開こうとする素振りをすると、ギルドマスターはそれを制する。


「光の国はどうしてそれを」

「以前から児童失踪事件については調べていた。確信に近いものは得ていたが、断定に至る証拠がなかった。《放浪の渡り鳥》の活躍で、リーフという実験を見ていた者と接触が取れた」

「……そうですか」


 これは善大王の嘘だった。

 本当は、フィアに頼み、調べてもらったのだ。

 フィアも善大王に詳しくは伝えなかったが、世界を見る能力で悪事の全てを暴き出している。

 《天の星》の能力の私的利用ではあるのだが、《風の星》を守る為であるというのであれば仕方がない。


「大量虐殺を行える人間は、凄まじく歪な人間のはずだ。それこそ、人の命をなんとも思っていないような」

「《放浪の渡り鳥》の問題で、調査の侵入を防いでいたわけですか」


 善大王は何も答えなかった。


「善大王様、ご協力に感謝します」

「ああ」


 そこでようやく、善大王はフィアの手を引いて部屋を後にする。


「嘘をついてもよかったの?」

「嘘はついていないさ。ただ、話振りからそう聞こえただけのこと……それに、奴としても俺の罠にかかるのは悪い気分でもないだろう」


 ギルドマスターとして多くの冒険者を統べる者。それは王に近い、人間との戦いを繰り広げているはず。

 そんな者が、簡単なトリックに引っかかるはずがない。

 ただ、それでも──善大王と天の国という名前は色々と便利なのだ。善大王が暴き出した事実もまた、とても甘美である。


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