18γ
──水の国、フォルティス城の一室。
「……カイト、席を外してください」
「ん? どうかしたの?」
「いえ、呼び出しが来たので」
「呼び出し……ああ、あの通信術式ってやつね。オーケーオーケー。携帯の盗み聞きなんて悪趣味なことはしないよ」
カイトは笑みを浮かべながら部屋を出て行った
「はい、シアンです」
『シアン。事情は分かっている?』
主語もなにもない、完全に唐突な発言。
碌に人と話さず、絵本ばかり読んでいた引きこもり姫らしい言葉なのだが、この場ではそれでも十分に通じる。
「ティアちゃんのことですか?」
『そう。冒険者ギルドの本部はそっちでしょ?』
「はい。ですが、冒険者ギルドは国家が関与していない組織なので、こちらからは……」
それこそが今回の事件の──冒険者ギルドそのものの問題でもある。
ただ、フィアはそこを見ていなかった。
『いや、そうじゃないの。ライトが動いてくれるって言ったから、シアンにはその手伝いをしてほしいの』
「手伝い?」
『うん。ライトは、光の国の軍艦で水の国──ガルドボルグ大陸に向かうらしいの』
軍艦、という物騒な単語の登場に、シアンはただでさえ小さい心臓──もちろん物理的に小さいわけではない──を跳ねらせた。
「戦争をするつもりですか?」
『違うの。定期船じゃ処刑の日にまで間に合わないから、出すことにしたの』
定期船は名のとおり定期的に巡航しているので、都合に合わせて動いてはくれない。
貴族もその例にあふれない。都合では呼べないが、下賤な民と席を共にしない為に、リッチメン用の座席を取るくらいのもの。
そのルートすら、闇の国を経由して雷の国、という遠回りを挟むので比較的時間がかかる。
それ故、善大王は未だかつてないショートカットを決行しようとしていた。
元来、この闇の国経由の移動方法は初代フォルティス王の時代──新大陸発見の時代にまで遡る。
光の国のあるケースト大陸から火の国の海岸まで、この範疇には《嵐の海域》というという危険海域が存在しており、侵入が不可能。
もちろん、それはシアンも承知している。
「近道など存在しないはずですが──」
「水の国、そこに詳しい資料が残っていると思うの。世界で初めて大陸間の航海をした国が、今の今まで何も調べなかった、ということはないでしょ?」
フィアの発言は世界を覗いているので、事実だ。
現在こそ海に面していない水の国だが、雷の国の始祖の時代からある決まりごとが存在している。
それは、水の国が海洋調査を行える権利。別の地点にある港を使う権利を永続的に持ち続けること。
船や港は一応、雷の国所有になっているが、特例として水の国も権利を持っている。
雷の国が独自に集めた情報、水の国の集めた情報、それらを総合すれば確定的な《嵐の海域》の範疇を絞ることができるのだ。
そうなれば、闇の国を経由するという安定を取らず、海域に入る寸前の場所を移動して近道ができる。
「……できる限りの最大、ですか」
シアンはフィアの──実際は善大王とシナヴァリアが考えたのだが──考えを読み、納得した。
「わかりました。こちらの情報はすぐに送ります……ティアちゃんを、助けてあげてください」
『任せて。天の星として、仲間は絶対に助けて見せるから』




