18α
「ライト!」
「なんだよ。今は遊んだ幼女の思い出に浸ってたところだ」
「仕事中になにやってるの! ──じゃなくて! 大変なの!」
善大王は大きく伸びをした後、あくびを欠きながら問う。
「なんだ? 仕事もあるから早めに済ませてくれ」
「ティアが捕まったの」
なんだ、という様子でペンを握り、署名を済ませていく。
「それくらい聞き及んでいる」
「来月の頭に処刑されることも?」
「……なんだと? それは俺も聞いていないぞ」
一応は身内のことと、善大王はティアの案件を別途保存していた。
机の抽斗を開け、ティアの起こした事件についての書類を取りだす。
「大量虐殺事件、となっているな。ただ、これはティアの冤罪だろう?」
「それは確定だと思う。でも、ティアはその犯人をかばおうとしているの。だから、真相を吐くつもりはない──それどころか、たぶんギルドも動いてないと思う」
フィアはあの一瞬でティアの頭の中を覗き、ギルドマスターとの会話を記憶している。
あのやりとりが、意図的にティアを裁こうとしていることは明白。でもなければ、エルズの話題をいちいち出したりはしないはずだ。
「で、俺に何をしろと? 真犯人を見つけるにしても、俺が使えるのは権力だけだぞ」
「真犯人なら、もうわかっている」
「おっ、さすがはフィア。手っ取り早い。なら、今から冒険者ギルドに連絡をしよう……と、できれば楽だったんだがな」
もちろん、少女の心を見通せる善大王からすれば、最初から答えはわかっていた。それでも、小芝居を打たないとやっていられない状況だったのだ。
片方はフィアの友達にして、世界の管理者。
もう片方は、自分とフィアの娘。
どちらかを切り捨てることができれば、簡単な案件だ。だが、それができないとなった途端、事態の難しさは究極となる。
「ねぇ、ライト……ライトなら、両方助けられるよね」
「まったく、簡単に言ってくれるなよ。いくら俺が《皇》だとしても、権力を無秩序には使えないくらい、わかってるだろ」
《皇》は絶対権力を持つのだが、それは無制限に使えるものではない。
各国で姫に手を出し、逃れられたことにしても、《皇》としての直接的権力の行使はしていないのだ。言うなれば《皇》を畏怖するが故の決着。
もしも、この権力の行使が行われるとすれば、それは魔物がこの世界に侵略してきた時くらいのもの。
魔物が数体現れている時点で、これをお伽噺やあり得ないことと思っていない善大王でも、ほとんど使わないと確信していた。
何故そうするのか、その理由は一つだ。強すぎる権力の獲得は、得てして人間を狂わせる。
それは夢幻王に限らず、過去の夢幻王に──世界に倒されることになった、善大王も然りだ。
「でも」
「わかっている。俺はティアも、エルズも見捨てる気はない。できるだけ、国や《皇》として、無理がない方法で両方を救うように手を尽くすさ」
そこまで言って、善大王は会話を完全に終わらせた。
もしも助けられなかった場合、どっちを切る、という言葉を述べることもなく。




