18
冷たい牢の中、ティアは項垂れていた。
エルズを恨みもしなかった。エルズがいなければ、自分は助からなかった、リーフもまた。
これは一度救われた報いなのだと、すぐに受け入れている。だが、それでもこの状況が耐えがたいものであることは間違いない。
広さこそ違えど、ここは里と同じ。自由を奪われ、飛ぶ羽根すら千切らせた世界。
既に一週間が経過し、ティアは消耗し始めていた。食料は運ばれてくるが、粗悪なパンや水程度のもの。活力を得ることなど、不可能としか思えないものばかりだ。
弱っていく度、ティアは人間から逸脱していく。皮肉にも、時を追うごとに楽になっていくのだ。
《星》として通常の人間とは違う法則に生きているからこそ、人間の法則下で生きられないと体が判断すれば、自然と肉体を本物の《星》に切り替えていく。
五日目までは強かった空腹感は消え失せ、筋肉の減退も完全に停止した。眠ることこそできても、睡眠欲求は完全に消えている。
人間の危険信号である欲求はなくなり、生存することにはなにも不足していないと体は判断していた。
《星》とは、そういう存在なのだ。
そんな彼女の視界──目は見えているが、世界を認識していない──には、幾度となくガムラオルスの姿が写りこむ。
時代がばらけ、子供の頃から里を抜ける少し前のもの、そうした各時代のガムラオルスがランダムに表れては消えていく。
「がむらん……がむらんに、あいたい」
弱々しい声で、ティアは呟いた。
ティアが全く抵抗しないと見た時点で、看守は出て行った。だからこそ、誰もこの言葉を聞いていない。
『刑の執行は来月の頭だ』
刹那、声が蘇った。
自分が殺されるまで、そこまで時間はない。せめて最後に会いたいと願っても、この場では会うことさえ許されなかった。
己の不幸を呪うでもなく、ティアは泣き出した。ここにきて、初めて泣いた。
そうしていると、急に呼び出しがかかった。外部からの通信が遮断されている牢の中においても届くそれは、紛れもない《天の星》からの通信だ。
虚ろな目で壁を眺めた後、ティアは応える。
『ティア? 捕まったって聞いたけど、何をやったの?』
「ふぃあ?」
『そうだけど……それで、何をやったの? 事情が事情なら、ライトに頼んで出してもらうけど』
《星》は世界を管理する存在であり、必要とあれば《皇》を使うことも問題はないとされている。
ただ、これを何の気もなく言っている辺り、フィアはとても人間社会に適合していない残念な子ということだ。
「ううん、いいよ」
『いいって言われても……それで、いつ頃出てこられるの?』
「らいげつの、あたま」
『ずいぶん長いわね……でも、とりあえずは出てこられるのね』
「には、さばかれるんだって」
フィアは心理透視を行える。それがいくら遠隔であるとも──それも、相手が気心の知れた《星》であるというのだから、造作もないことだ。
だからこそ、この裁きという言葉の意味をすぐに察する。
処刑だ。
『待って。それは天の星として許可できない。あなたが罪を受け入れる気だとしても、世界にとって風の星の損失は許されないわ』
「でも、そうしないと、ともだちをまもれない」
『友達って──ふざけないで! あなたはただの人間とは違う。星は個人を縛る鎖じゃないけど、それでも役目を勝手に放擲することは許されないの。世界を管理するという役目は他でもない、神から与えられたものだから』
そこまで言った後、フィアはティアの友達を知った。
自分の娘でもある、エルズだ。あの後の消息はあえて調べていなかったが、この時、初めて冒険者として生きていることを知った。
『……友達の為に、冤罪を被るつもり?』
「わたしがたすかったのも、そのこのおかげだから。いちどひろったいのちをかえすだけ」
次第に細くなっていく声を聞き、フィアは不安になっていく。
『あなたの考えを尊重することはできない』
「ふぃあ、いじわるだなぁ」
『絶対に間に合わせるから』
そう言い、フィアは通信を切った。
しかし、ティアの目にはなにも映っていない。硝子球の瞳で天井を眺め、もう一度呟く。
「がむらん、あいたいよ」




