表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大空のフィア  作者: マッチポンプ
中編 少女と皇と超越者
232/1603

17

 それが来たのは、二週間が経過した頃のこと。


「《放浪の渡り鳥》、本部より召集令が出ている」

「しょうしゅうれい?」

「呼び出しが来ているみたい。でも……何の用かしら」


 役員と思わしき男の言葉に疑問を抱いていると、ティアはなんの警戒もなく手を伸ばした。


「本部に行けばいいんだよね?」

「はい」

「あっ、じゃあエルズ──」

「《放浪の渡り鳥》だけでいい、とのお達しだ」


 いままでのランクアップ時にしても、そのようなことはなかった。

 何故、ティアだけが呼び出されるのか。それは少し考えてみればわかることだ。


「待ちなさい、ティアをどこに連れていくつもり」

「本部です」

「それは事実? あなたは、本当にギルドの人間なの?」


 エルズの読みは、一歩外れていた。

 この状況でティアを連れかえそうとする者は、おおよそブランドーに連なる貴族辺りだろう。その読みは的中しているのだが、その連なる存在が貴族だけと見ていたのが甘かった。


「証拠がほしければ、これを」


 役員は冒険者ギルドしか運用できない勲章を見せた。役員ならば誰もが持っている者だが、これはその中でも最上位ランクのもの。

 疑いは払拭され、エルズは渋々引き下がった。


「大丈夫だって。すぐ戻ってくるから」

「うん……心配はしてないけど。でも、危なくなったらすぐに呼んで」


 そうして、ティアは役員に連れられ、馬車に乗り込む。

 首都から離れていたので、移動時間は長かった。ただ、その間もティアは恐怖ひとつ感じることもなく、ただ眠りこけている。

 そして、いざ到着した時、そこが冒険者ギルドの本部であることを理解して安堵した。


「(やっぱり本部だね。エルズも用心深いんだから)」


 階段を昇り、いつもは来ないような階層にまで連れて行かれる。そこが偉い人のいる階、という程度の認識はティアにもあったようだ。

 最上階に辿りつき、その最も奥の部屋にある重厚な扉を開けると、金縁眼鏡が特徴的な白髭の老人が目に入る。


「おじいさんだれ?」

「ギルドマスターだ」


 この役員の者は憤ったりはせず、静かに窘める。ただ、表に出さないだけで青い炎の如き怒りは感じ取れた。


「はじめまして、か」

「うん。はじめまして! 《放浪の渡り鳥》のティアだよ」

「知っている。君の雷名は私の知るところだ」


 ランクⅣという、実質最上位ランクに辿りついても接触がとれないものか、と思うかもしれない。

 それについては事情があり、ティアはその時受けていた依頼を理由に接触を断ったのだ。本来ならば、この段階で冒険者は本部の犬になるのだが、それを偶然にも回避している。

 ついで言うのであれば、ティアは常に各地を飛び回っているのだ。その性質上、捕まえるのが難しい上、本部としても運用は困難と判断したのだろう。

 閑話休題、ギルドマスターは手元に置かれた書類を一瞥した後、ティアの目を見据える。


「何故呼ばれたのか、わかっているのかね」

「えっ? ……いいことしたから?」

「そうとも言える。だが、そうではないとも」


 意味深な発言を汲み取れず、ティアは露骨に首をかしげて見せた。


「どういうこと?」

「君はブランドー領内で、子供を助けたと聞く。事実か」

「うん。私もその子に助けてもらったんだけどね」

「なるほど……では、ブランドー殿と交戦した、という噂も事実か」

「うん。かなり危なかったよ」

「ふむ……つまり、これを事実と判断しても問題あるまい」


 そこまで言うと、ギルドマスターは手元に置いていた書類をティアに見せた。


「えっ……これって」


 紙に書かれていたのは、大量虐殺事件についての情報。そして、画家に描かせたその状況。

 城を背に、無数に転がる多種多様な死体。斬殺、刺殺、撲殺、外傷のない死体から頭が柘榴のように弾けたもの。

 これを見るだけでは単独犯とは思えないが、冒険者ギルドはほとんどの冒険者に行動制限を出していた。さらに、あの場には魔力の痕跡がほとんどなかったのだ。


「えっ……私、こんなこと……」

「では、誰がやったというのかね。君はあの場にいたはず、見ていただろう? え?」

「それは……」


 誰がこのようなひどいことをしたのか、と思考を巡らせた途端、すぐに答えが明らかになる。

 そう、エルズだ。あの場で戦っていたのはエルズ。そして、このようなことができるのも、やはりエルズだけ。

 真相に気付くと、ティアの顔は一気に青ざめた。


「君がやったのかね?」

「私は……」

「そうか、やはり違うか」


 その言葉が出てから少し間を開き、ティアは驚いたように聞き返す。


「え」

「君の雷名は私の知るところ、といっただろう? 君のような善良な冒険者がこのような事件を起こすとは考え難い。本部でもそのような意見でまとまっている。つまりは、別の犯人がいるということになる」


 その言葉で安心し、ティアの肌に血の気が戻る。


「さて、では犯人は誰だろうか。こちらの送った使者に重傷を負わせ、ブランドー領に向かったという者も確認している。無難に考えるのであれば、こちらだが」

「そんな人が?」

「ああ、冒険者エルズだ」


 ティアは唾を呑んだ。


「彼女の実力は謎に隠されているが、こちらの使者を倒せる者などそうそういない。詳しく調べてみるほうがいいと思うのだが、君はどう思うかね」


 意地の悪い手。いや、自分の思い通りに展開を持っていく技術に長けている、というべきか。

 ギルドマスターからすれば、エルズを晒しあげることにはさほど利益がないと考えている。事実、彼女は名前を知られていない上、現実性がないのだ。

 ただ、ティアならば現実性がある。そして、貴族へのアピールとしては十分すぎる知名度も。

 ティアがこのような事件を起こすはずがない、というのは彼の観点であり。つまりは、自分の友人、相棒が捕まろうとしているとき、見捨てるはずがないと読んでいた。

 皮肉にも、それは的中している。


「……エルズは私の友達だよ」

「知っている」

「エルズは強いけど、こんなことはできない」

「それはわからない」

「……リーフ──子供を助ける為に、私がやりました」

「そうか……残念だよ。連れて行ってくれ」


 抵抗できるだけの力を持ちながらも、ティアは大人しく両手を差し出し、役員に連れられて行った。

 その場に残ったギルドマスターは沈黙し、もう一度書類に目を通す。


「彼女には、冒険者ギルドの旗印となる資質があったのだがな、残念だ」


 この場においても、彼は正義ではなく、冒険者ギルドのことを考えていた。

 ただ、それが彼にとっての正義なのだ。長く続く組織を、簡単に崩すわけにはいかない、彼の戦場は、まさしくここだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ