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それが来たのは、二週間が経過した頃のこと。
「《放浪の渡り鳥》、本部より召集令が出ている」
「しょうしゅうれい?」
「呼び出しが来ているみたい。でも……何の用かしら」
役員と思わしき男の言葉に疑問を抱いていると、ティアはなんの警戒もなく手を伸ばした。
「本部に行けばいいんだよね?」
「はい」
「あっ、じゃあエルズ──」
「《放浪の渡り鳥》だけでいい、とのお達しだ」
いままでのランクアップ時にしても、そのようなことはなかった。
何故、ティアだけが呼び出されるのか。それは少し考えてみればわかることだ。
「待ちなさい、ティアをどこに連れていくつもり」
「本部です」
「それは事実? あなたは、本当にギルドの人間なの?」
エルズの読みは、一歩外れていた。
この状況でティアを連れかえそうとする者は、おおよそブランドーに連なる貴族辺りだろう。その読みは的中しているのだが、その連なる存在が貴族だけと見ていたのが甘かった。
「証拠がほしければ、これを」
役員は冒険者ギルドしか運用できない勲章を見せた。役員ならば誰もが持っている者だが、これはその中でも最上位ランクのもの。
疑いは払拭され、エルズは渋々引き下がった。
「大丈夫だって。すぐ戻ってくるから」
「うん……心配はしてないけど。でも、危なくなったらすぐに呼んで」
そうして、ティアは役員に連れられ、馬車に乗り込む。
首都から離れていたので、移動時間は長かった。ただ、その間もティアは恐怖ひとつ感じることもなく、ただ眠りこけている。
そして、いざ到着した時、そこが冒険者ギルドの本部であることを理解して安堵した。
「(やっぱり本部だね。エルズも用心深いんだから)」
階段を昇り、いつもは来ないような階層にまで連れて行かれる。そこが偉い人のいる階、という程度の認識はティアにもあったようだ。
最上階に辿りつき、その最も奥の部屋にある重厚な扉を開けると、金縁眼鏡が特徴的な白髭の老人が目に入る。
「おじいさんだれ?」
「ギルドマスターだ」
この役員の者は憤ったりはせず、静かに窘める。ただ、表に出さないだけで青い炎の如き怒りは感じ取れた。
「はじめまして、か」
「うん。はじめまして! 《放浪の渡り鳥》のティアだよ」
「知っている。君の雷名は私の知るところだ」
ランクⅣという、実質最上位ランクに辿りついても接触がとれないものか、と思うかもしれない。
それについては事情があり、ティアはその時受けていた依頼を理由に接触を断ったのだ。本来ならば、この段階で冒険者は本部の犬になるのだが、それを偶然にも回避している。
ついで言うのであれば、ティアは常に各地を飛び回っているのだ。その性質上、捕まえるのが難しい上、本部としても運用は困難と判断したのだろう。
閑話休題、ギルドマスターは手元に置かれた書類を一瞥した後、ティアの目を見据える。
「何故呼ばれたのか、わかっているのかね」
「えっ? ……いいことしたから?」
「そうとも言える。だが、そうではないとも」
意味深な発言を汲み取れず、ティアは露骨に首をかしげて見せた。
「どういうこと?」
「君はブランドー領内で、子供を助けたと聞く。事実か」
「うん。私もその子に助けてもらったんだけどね」
「なるほど……では、ブランドー殿と交戦した、という噂も事実か」
「うん。かなり危なかったよ」
「ふむ……つまり、これを事実と判断しても問題あるまい」
そこまで言うと、ギルドマスターは手元に置いていた書類をティアに見せた。
「えっ……これって」
紙に書かれていたのは、大量虐殺事件についての情報。そして、画家に描かせたその状況。
城を背に、無数に転がる多種多様な死体。斬殺、刺殺、撲殺、外傷のない死体から頭が柘榴のように弾けたもの。
これを見るだけでは単独犯とは思えないが、冒険者ギルドはほとんどの冒険者に行動制限を出していた。さらに、あの場には魔力の痕跡がほとんどなかったのだ。
「えっ……私、こんなこと……」
「では、誰がやったというのかね。君はあの場にいたはず、見ていただろう? え?」
「それは……」
誰がこのようなひどいことをしたのか、と思考を巡らせた途端、すぐに答えが明らかになる。
そう、エルズだ。あの場で戦っていたのはエルズ。そして、このようなことができるのも、やはりエルズだけ。
真相に気付くと、ティアの顔は一気に青ざめた。
「君がやったのかね?」
「私は……」
「そうか、やはり違うか」
その言葉が出てから少し間を開き、ティアは驚いたように聞き返す。
「え」
「君の雷名は私の知るところ、といっただろう? 君のような善良な冒険者がこのような事件を起こすとは考え難い。本部でもそのような意見でまとまっている。つまりは、別の犯人がいるということになる」
その言葉で安心し、ティアの肌に血の気が戻る。
「さて、では犯人は誰だろうか。こちらの送った使者に重傷を負わせ、ブランドー領に向かったという者も確認している。無難に考えるのであれば、こちらだが」
「そんな人が?」
「ああ、冒険者エルズだ」
ティアは唾を呑んだ。
「彼女の実力は謎に隠されているが、こちらの使者を倒せる者などそうそういない。詳しく調べてみるほうがいいと思うのだが、君はどう思うかね」
意地の悪い手。いや、自分の思い通りに展開を持っていく技術に長けている、というべきか。
ギルドマスターからすれば、エルズを晒しあげることにはさほど利益がないと考えている。事実、彼女は名前を知られていない上、現実性がないのだ。
ただ、ティアならば現実性がある。そして、貴族へのアピールとしては十分すぎる知名度も。
ティアがこのような事件を起こすはずがない、というのは彼の観点であり。つまりは、自分の友人、相棒が捕まろうとしているとき、見捨てるはずがないと読んでいた。
皮肉にも、それは的中している。
「……エルズは私の友達だよ」
「知っている」
「エルズは強いけど、こんなことはできない」
「それはわからない」
「……リーフ──子供を助ける為に、私がやりました」
「そうか……残念だよ。連れて行ってくれ」
抵抗できるだけの力を持ちながらも、ティアは大人しく両手を差し出し、役員に連れられて行った。
その場に残ったギルドマスターは沈黙し、もう一度書類に目を通す。
「彼女には、冒険者ギルドの旗印となる資質があったのだがな、残念だ」
この場においても、彼は正義ではなく、冒険者ギルドのことを考えていた。
ただ、それが彼にとっての正義なのだ。長く続く組織を、簡単に崩すわけにはいかない、彼の戦場は、まさしくここだった。




