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それから数日、ティアとエルズは普通に──水の国内の各地に飛び回っている時点で普通ではないが──冒険者業に戻っていた。
件の一件はたちまち広がり、貴族を相手取ってでも子供を救った、という逸話は《放浪の渡り鳥》の武勇伝の一つとなっていた。
だが、本当にすべてがうまくいっていたわけではない。
──冒険者ギルド本部。会議室にて……。
薄暗い部屋の中、階段状に配置された百を超える座席は、ひとつ残らず埋まっていた。
「ブランドー様は?」役員の一人が問う。
「重体だ。幸い死には至らなかったが、しばらくは表に出てこられないだろう」
「援助の続行がどうなるか、そこが問題だな」
「その件についてですが、ブランドー様の奥方様、そして親睦の深かった貴族様方が冒険者ギルドにご意見を」
「どのような?」
「それが……」
息を呑み、告げる。「領地内での大量虐殺、ご子息であるメリオ様の殺害について、と」
エルズが踏み込み、ティアを助けたという流れを想定していただけに、役員達は言葉を失う。
「《放浪の渡り鳥》が戦ったことは間違いないはずだ。あの者がそのようなことをするとは……」
「だが、現在の冒険者ギルドでその規模のことを行える者ともなれば、《紅蓮の切断者》くらいの者では……」
《紅蓮の切断者》は冒険者ギルドで最強と謳われる冒険者だ。公式に魔物を討伐した記録が残っているだけに、それに意を唱える者はいない。
ただ、ここで話題に上がってくるのは実力云々ではなく、そうした動きをするような者という意味だ。
エルズに送られた刺客のように、上位ランクの冒険者はたいていが本部に繋がる者だ。ティアやエルズは《紅蓮の切断者》と同じく、独立性を重んじているので例外である。
「《放浪の渡り鳥》の相棒である、あのエルズという冒険者がやった可能性は?」
「考え難い。闇属性の使い手であることは確認されているが、これほどまでの戦力を持っているとは考えられない。それ以前に、闇属性の攻撃力では数百人を殺すことも不可能のはずだ」
エルズは公式にはあまり力を見せていない。むしろ、見せていても、たいていがティアの手柄になり、エルズもそれを否定していないのだ。
だからこそ、誰もエルズが凄まじい使い手だなどとは思っていない。せいぜい、ティアのマネージメントをしている支援者という程度の認識だ。
騒ぎが広がる会議場の中、金縁の眼鏡が特徴的な白い髭の老人が立ち上がる。
「資料には事前に目を通してある。確かに、闇属性の攻撃であれば、あのような状態にはならないだろう。だが、精神干渉系を使っていた場合、どうだ」
「ですが……」
「あのような規模は……」
誰もが苦言を呈する。
当たり前だ、幻術使いは冒険者にもいるが、上位の人間ですら数十人を同時に操るだけでも途轍もない使い手とされているのだ。
だが、大量虐殺についての資料には数十人程度の規模では表記されていない。誰もが、その人数を同時に操ることは不可能とみていた。
「そうだろうな。では、《放浪の渡り鳥》を裁くとしよう」
「なっ──」
「ギルドマスター、それは民衆や冒険者からの不満が免れないかと」
「こちらとしては証拠もある、証言もある。そう考えるしかないという論理的な解も出ている。それはこの場の全員が感じたことだろう?」
そう、誰もがこの状況ではティアを犯人としか考えることができない。
ティアは《風の一族》であり、この時代における伝説の冒険者の一人なのだ。彼女ならば、それを行うだけの実力がある。
対して、エルズという無名の冒険者はそれができるとは考えられない。ギルドマスターはそうであると読んだが、大多数はあり得ないと思っていた。
彼からすればそれでいいのだ。誰もが納得する答えであれば、事実など追求する必要はない。
貴族の意を尊重し、こうした事態が起きたとしても馬鹿をみるだけではない、そう思わせる必要があるのだ。
ギルドマスターは、冒険者ギルドの十年、二十年後を見ている。




