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大空のフィア  作者: マッチポンプ
中編 少女と皇と超越者
230/1603

15

「うっ……小娘、が」


 今のかかと落とし、威力は子供のそれと変わらない。

 ただ、落下による加速や重力付加、攻撃性を持つように放った蹴り、これらの相乗効果で大人を一撃で沈める程度の威力は叩きだした。

 倒れたブランドーを見て、ティアは安堵する。

 残る手札は十枚、余裕があったとはいえ、本格的に打ち合えば一瞬で終わる枚数だ。

 そうして背を向け、部屋を出て行こうとした瞬間、ティアの背に一発の水弾──水ノ三十番・弾水(スナップウォーター)だ──が叩き込まれる。

 術の威力で壁に叩きつけられ、服は破けて肌は青紫色になった。表面的な出血こそはないが、内出血は発生する威力。


「逃がす、とおもうか」


 這いずりながら振り返った先に、執念の鬼がいた。

 表情は荒れ、貴族としての品はみじんも残っていない。

 魔力が可視化できるほどに放たれるというのは、非常に珍しいことだ。それも、相手がただの子供でしかないティアであるのだから、なおのこと。

 青い魔力が威圧感のように噴出し、憎悪に滲んだ顔を浮かばせた。


「(あれじゃ、もう勝負はできないよ)」


 こうなってしまうと、戦略性でどうなる話ではない。

 相手が憤れば隙が得られるものとは言ったが、理性の枷を外す段階までいくと、そうした小細工がすべて意味をなさなくなるのだ。

 もはや攻撃を受けても、自分の狙った術以外は使わなくなる。最大限の火力や手数での攻めになると、戦闘能力が矮小なティアでは勝てない。

 この状況を切り抜ける方法は二つしかない。

 ひとつはリスク承知で逃亡すること。万に一という確率で逃亡に成功するかもしれない。

 もうひとつは、エルズが来るまで待ち続けること。これについては、ただの運任せ、実力の介在するところもない、愚鈍な一手。

 ただ、本質でいえば後者のほうがまだ聡明といえる。逃げの一手は失敗がイコール死に繋がるのだ。安易に打つことができない。

 反面、エルズを待つならば相手の攻撃の回避にすべてを費やすことができるのだ。回避率については多少マシという程度だが。

 ここまでは常人の論理。自分を信じるか、他人を信じるか。

 ただ、この場においてもティアはやはり常人の考えを越えてきた。


「(あと十枚で、あの人を気絶させられたら)」


 ティアの言い分は完全に滅茶苦茶だ。論理性の欠片もなく、成功する見込みもない。

 正攻法での突破は、この場において最難関の選択。誰もが不可能だとわかるからこそ、排除する考え。

 ただ、迷っている暇はない。既にブランドーの《魔導式》は完成している。


「《水ノ百三十九番・水龍弾(スプラッシュキャノン)》」


 水弾の軌道を読み、次々と避けて行った。速度では劣るが、読みが間に合えば回避できないことはない。

 回避不可能と判断ができれば、限られた手札だというのに迷いなく《呪符》を切った。

 ただのナイフ程度の威力とはいえ、相手も水属性。いくら上級術とはいえ、軌道を逸らす程度はできる。

 無茶無謀な攻防だが、ティアは残り二枚という手札まで迫ってきた。しかし、それでも持ちこたえている。

 その瞬間、ブランドーからも熱が冷めた。いくら狂乱に侵されようとも、子供が見せた神技を見てもなお、それの凄まじさを理解できない男ではない。


「今の回避、意図して起こしたものか?」

「だいぶ危なかったけどね」

「危ないの一言で済ませられる技ではなかろう。《風の一族》としての資質か? それとも……」

「私は少し前から体調が悪くて、全然力が出せないの。だから、これは私自身の力。いままで生きてきた経験だよ」


 ブランドーは笑った。もちろん、自嘲だ。


「たかだか数年か十数年の時間で、経験か。その程度の時間で埋め合わされる程度、私の時間は容易いか」


 そこで余裕を含めた表情を消し、大貴族ブランドーとしての顔に戻る。


「残る手札は少なかろう。惜しかったが、ここまでだ」


《魔導式》の展開が開始されるが、ティアにそれを防ぐ術はない。もちろん、ブランドーもそれは承知の上だ。

通常打点の蹴りや殴りが子供のそれでしかないことは把握され、主力である《呪符》も残り少ない。

無駄打ちや弾幕張りができないからには、もちろん近接での狙い撃ちに絞られるのだ。そうなったとしても、ブランドーには回避できる自信がある。

 ティアの手は完全に潰された。この場では、最後の賭けとして血戦をする他にない。

 つまりは、術の発動に合わせて突入し、数発を直撃する前提で狙い撃つ。もちろん、勝利することができたとして、ティアの命はないだろう。


「私は……」

「ティア!」


 声に振り返ると、そこにはエルズとリーフが立っていた。


「頑張って! ティア」


 投げられたパーカーを見た途端、ティアの行動が明らかに変動した。

 一度は突き返したそれを掴む。行為だけでみれば大したこともないが、ティアからすればこのパーカーはまさに、彼女が冒険者であることの象徴だった。

 一度は否定した強い自分の受容。それこそが、シアンの言ったトリガーだった。

 瞬間、それまで無に近い気配だったティアの身より、凄まじい魔力が放たれる。

帰還を歓喜するかの如く、常は抑えられていたそれがあふれ出した。ブランドーが暴走の際に見せたそれすらも上回る、濃色可視化の魔力。緑色の、風属性の魔力。


「ティア……」

「エルズ、下がってて。……リーフを守ってあげて」


 強いティアが戻ってきたと判断し、エルズは無言で頷く。それだけで伝わると理解していたのだ。

 意識の明瞭さは先ほどと変わらない。最後の引き金を押し、彼女は完全な回帰を遂げた。だが、それ以前から兆しを見せていた。


「この魔力……だが、一歩遅かったな」

「どうかな。私だって、こうなればいろいろ出来るんだから」


 残っていた五枚の《呪符》を地面に投げ、踏みつけると、藍色をした光の文字が散らばる。

 ティアはそれらを収束させ、緑色に書き換えた。追加で刻まれていくもの、そうして書き換えられていくもの、それらが凄まじい速度でひとつの形に変化する。

 そう、風属性の上級術だ。ティアはどうやっても間に合わないという速度に対し、真正面から迎え撃つ。

 互いに速度を高めようとし、《魔導式》が大気に刻まれていく。

 両者の完成は同時、迷うことなく、完成と同時に詠唱をした。


「《水ノ百三十九番・水龍弾(スプラッシュキャノン)》」

「《風ノ百二十二番・空気砲(ハイドロオキシジェン)》」


 威力を集約させた、一発限定の巨大な水弾が水龍の顎より打ちだされる。

 同時にティア前方の空気が吸い込まれていき、周囲の風景を歪めた。そして、緑色に染められた空気の弾が打ち出される。

 二つの力が衝突し、水飛沫が部屋を、部屋の外まで舞う。

 エルズはリーフの盾となり、二人の攻防の結末を見守る。もちろん、ティアの勝利を確信して。

 豪奢な家具、絨毯などが水に浸されていくが、この状況では躊躇などしていられない。ブランドーもまた、ティアと同じく余裕を持っていないのだ。

 しかし、勝負は決する。

 空気の塊が水弾を引き裂き、四散させながら水龍の大顎を打ち抜いた。

 その後ろに控えていたブランドーは回避ができないことを悟り、その攻撃を受け入れた。

 緑色の空気は突き抜け、頑丈な壁を、そして硝子を打ち抜く。

 石の壁にぶち抜かれた風穴より、大量の水は流れ出していった。ブランドーは、既に倒れている。

 暫し呼吸を止めていたティアも、その勝利を実感して深く息を吸い込み、振り返る。


「リーフ、これで……戻れるね」

「……はいっ」


 リーフは大粒の涙を流し、ティアに抱きついた。

 エルズも抑えられない欲求を持っていたが、状況を理解できないわけでもなく、子供なのに大人な対応を取る。


「(ティア、本当に良かった……)」


 その後、二人は助け出したリーフを連れ、誰も居なくなった城を出て行く。

 リーフの母親が待つ村に向かうと、村人全員が集っていた。

 ただ一人の子供が言った戯言を信じた、などというと愚かしくも聞こえるが、あの騒ぎ(・・・・)を見た者が混じっていたらしい。

 ティアが助けたのは、ただ一人の村娘に過ぎない。ただ、彼らからすればそれは一人の人間なのだ。命の重さなど、そこに介在するはずもない。

 母親、父親、村の面々に感謝を述べられながらも、ティアは天狗になることもなく対応した。


「本当にありがとうございます!」と村長。

「いやいや、私もリーフやお母さんに助けてもらったからね」

「お名前を、聞かせてもらってよろしいでしょうか?」


 少し迷った後、エルズの頷きを受けてから答える。


「ティアだよ。冒険者のティア、二つ名は《放浪の渡り鳥》っ!」


 驚愕する村人を残し、ティアはエルズの手を引いてその場を立ち去って行った。

 元に戻ったのであれば、足踏みはしていられない。常に世界を飛び回る、それこそが《放浪の渡り鳥》の所以なのだから。


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