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防戦一方の様相を呈していた俺は別形態に移行し、自ら接近していった。
当然、ティアも反撃をする為に備えている。蹴りか、殴りか、そんな読みをしているらしい。
だが、俺はその両方ではなく、意表をついた手を取った。
ティアを飛び越え、背後に回り込んでから両手で彼女の胸に触れる。
「この何もない感じが最高だ!」
そのまま抱擁に移行すると、ティアは驚いたように抵抗してくるが、既に決着はついている。
俺は光の国で医療に関する造詣をさらに深めている。
看護婦などが暴れる患者と相対した時、関節を固定させることで力量差を覆して動きを封じることができる場面を見た時は、技術の素晴らしさに驚いたものだ。
「は、離してよ! わたし、何も悪いことやってないよね? あと、胸触らないでよ!」
「族長に会わせてもらえるかな?」
「いいともー! じゃないよ! 駄目だよ! 帰ってよ!」
「うーむ、シナヴァリアは名前出せば行けるって言ってたんだけどなぁ」
俺がシナヴァリアの名前を出した途端、ティアの目付きが変わった。
「えっ、お兄ちゃん? お兄ちゃんの知り合いさんなの?」
「お兄……って、ティアはシナヴァリアの妹なのか!? 全然似てないな……」
ティアの隣に人相の悪いシナヴァリアの顔が映り込む。どう重ねても一致しない。
「お兄ちゃんは元気? 役に立ってる?」
「ああ、元気だ。ついでに役に立っている――というよりも、仕事の大半をやってくれている」
善大王不在の今、実質的な光の国の王はシナヴァリアだ。普通であればかなりの重責だが、きっとあいつならやり遂げてくれることだろう。
「お兄ちゃんの知り合いなら大丈夫かなぁ。うん、じゃあいこっか」
「えっ、あ……いいのか? 侵入者じゃなかったのか?」
「お兄ちゃんが良いって言うならいいよ! たぶん!」
結構適当らしい。だが、それもまたいいだろう。
ティアに案内された道は、シナヴァリアのそれとは思いっきり違っていた。さらに言えば、獣道のような変な道ばかり歩かされ、疲労も蓄積していく。
そうして夜まで歩き、野営し、さらに半日歩くと開けた場所に到着した。
「……おい、あれって」
視線の先には紅色の龍が鎮座していた。
皮膚が棘のように尖り、うっすらと赤い炎を纏っている龍。南方にある火の国を分布地とする《星霊》、ヘルドラゴだ。
火の国は上級冒険者しか入ることが許されない。その理由は領土内に強力な原生生物――《星霊》がいるからだ。
特に、ヘルドラゴはその中でも最高位の危険生物。《断罪の魔龍》という別名があるくらいだから、きっと多くの冒険者を灰にしてきたのだろうと容易に想像できる。
なんでそんな輩がここにいるのかは分からないが、ティアが何を言ってくるのかは予想がついた。
「うん、ヘルドラゴだよ。あの子が来てみんなが困っているから、善大王さんに退治して欲しいの」
「おいおい……いや、構わないけどな。よし、ティアはここらで見ていてくれ」
茂みにティアを隠すと、俺はヘルドラゴの前に姿を現した。
すぐさま俺を睨みつけてくるが、事前に用意した《魔導式》を起動する。
「《光ノ二十番・光弾》」
光弾がヘルドラゴに命中する。今回は対人戦でないということもあり、威力を押さえていない。
皮膚を焼き焦がされ、ヘルドラゴは憤る。だが、それでも関係ない。
俺は波状攻撃を仕掛けていく。下級の術を連続して使用していき、確実にダメージを与えていく。
そして相手の攻撃を着実に回避していき、安全を考慮しながらも攻撃を命中させた。
これこそがヘルドラゴの退治法の一つ。対龍属性の術を光属性は持っているが、上級術なので隙が増える。
俺のように練度をあげているならば、こっちの方が安全かつ効率的だ。
「なんか地味じゃない? もっと派手な上級術とか使えばいいのに」
「術とか知ってたんだな。だがなぁ、こう狩るのが無難なんだよ」
素行こそアレだが、俺はどちらかというと理屈人間だ。非効率的な行動は幼女とのデート以外ではほとんどしない。
火炎の息吹などが来ると判断した際には無理に回避せず、《魔導式》を解体して防御に移る。
「《光ノ百十一番・星粒壁》」
息吹を受け止めた光の粒子の壁は、威力を完全に無力化した後、光属性の攻撃に変換して反撃に移る。
鋭い光の矢が無数に放たれ、ヘルドラゴは弱ってきた。そろそろフィニッシュか。
そこから数発の光弾を命中させ、トドメを刺した。地味ながらも決着、か。
「全く近づかずに倒すってすごいね」
「ま、術者なんてこんなもんだ」
一応導力を用いた近接戦闘もできるが、緊急用程度なのでこの戦い方が俺の基本となってくる。
「善大王さんは良い人みたいだし、里に案内してもいかもね」
「おい、俺を試していたのかよ」
「うん。だって、侵入者だし! じゃ、いこー!」
この子のペースに流されっぱなしな気がする。多くの幼女をリードしてきたはずだが、どうにもこの子は掴みどころのない子のようだ。