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大空のフィア  作者: マッチポンプ
中編 少女と皇と超越者
229/1603

14

 二人きりの部屋の中、ティアは最初から前進する。

 もちろん、この攻撃から続くのが物理攻撃ではないと分かっているので、ブランドーは《魔導式》を展開した。

 投げつけられた《呪符》の軌道を読み、紙一重で回避する。

エルズのナイフは追尾性を持っているが、それでも絶対命中や軌道修正が入るわけではなかった。


「(この人……強い)」


 肉体の能力などが減少しようとも、経験は消え去らない。

 ブランドーの実力は、冒険者として戦ってきた誰よりも強かったのだ。いや、正しくは術者の中で最強だというべきか。

 それでも所詮は術者としての強さ。ティアの得意な格闘戦でいえば、良い勝負をした善大王ほどではない。

 力が戻っていないという感触はあったが、それでもティアはさらに進撃し、蹴りを放った。

 ブランドーは防御行動に入るが、そもそも命中しても大したダメージにならない。

 すぐさま払いのけられ、ティアは地面に叩きつけられた。

 これこそが子供と大人の、絶対的な力の差。体格差も、何もかもが不利。

 《星》という特異体質だったからこそ、今までそのハンディキャップを感じてこなかったが、今ではそれを痛感せざるを得ない。

 冷や汗を流しながら、後方を一瞬だけ確認した。

 リーフの気配はない。これならば逃亡することも可能。

 すぐさま振り返ろうとするが、それと同時に魔力の変動を察知し、前転での回避行動に移る。


「《水の二十番・液杖(リクイッドロッド)》」


 青い水が棒状に伸びてくるが、事前の回避行動が功を奏し、空振りに終わった。

 素晴らしい読みではあったが、一歩判断を違え、遅れさせていたのならば首から上はなくなっていただろう。

 貴族とは言え、ブランドーは権力以外での存在感も強い。彼が自身に護衛をつけず、この場に一人だったのも、それが原因だ。


「(今の、絶対当たってたよね……)」


 青ざめながらも、ティアは思った以上に焦っていない。

 もしも焦燥感に駆られていたのであれば、そうした判断すら行えないのだ。


「逃げられると、思ったか」

「倒すまではだめみたい、かな」


 冷静になったからこそか、ティアはこの場では勝てないという目算を素早く終わらせる。

 相手が実力者であることは、その身から放たれる魔力や術のキレから容易に判断できていた。だからこそ、今の自分では勝てないことを察する。

 勝ち目があるとすれば、《呪符》が運よく命中、それも急所に直撃する、くらいか。もちろん、そんな奇跡を勝ち目とは呼べない。

その奇跡を待つだけの試行回数すら、十数回しかないのだ。明らかに不足している。

現実的にはエルズを待つのが得策だが、それまでブランドー相手に持ちこたえることができるだろうか……ティアの思考はすぐに答えを見つけた。自分自身の考えで。


「(自分で倒すしかない……かな)」


大きく深呼吸をすると、案の上、隙を狙った水弾──水ノ三十番・弾水(スナップウォーター)だ──が襲いかかる。

 詠唱を破棄した術だが、ティアは来るタイミングを経験で察知していた為、前進しながらそれを回避した。

また同じ手と判断し、ブランドーは《魔導式》を展開して防御の体勢に入る。

 ドロップキックのモーションに入り、そのまま蹴りを打ち込んだ。ミネアのそれと同じ動作だ。

 子供の体重とはいえ、全体重がのっかった蹴りが直撃すれば、防御をしても無傷ということはない。

 もちろん、それを直撃させられれば、だが。

現実的に考え、善大王でなくともヘビーモーションから放たれるドロップキックを避けるのは容易い。

防御姿勢を解除し、軽く位置をずらした。それだけでブランドーは攻撃範囲から逃れる。

 動作から攻撃までは短く打ち出されているが、それでも重い技をやりくりして短くしたにすぎなかった。

 攻撃が空振りに終わり、ティアの体は虚空に飛ぶ。

 滞空状態では無防備、さらにいえばその状態から無事に着地するような技術を覚えてはいない。

 ブランドーは術を発動し、水の棒を命中させようとした。しかし……。

 頬に藍色のナイフが掠り、術の軌道がブレる。結果として、伸びた棒はティアの肩に軽く当たった程度で終わった。

 そのまま地面に叩きつけられたティアは、反骨的な笑いを浮かべ、立ち上がる。

 互いに受けた損害は、明らかにティアのほうが上。ブランドーはただの掠り傷だ。

 だが、ティアは戦闘を得意とする《風の一族》なのだ。だからこそ、この地上に出てからすぐに、対人戦の本質を直感で悟っている。


「(この私が一発もらった、だと? あの小娘、術も体技も用いずに……)」

 

 術も体技も使われているには使われているが、それは《風の一族》だからできることではない。言うなれば、子供でも今やった手は真似できるのだ。

 ただの子供でしかないティアに、貴族──それも大貴族で実戦派の自分が手傷を負わされる。それがどれだけ大きい精神的ダメージか、いうまでもないだろう。

 もちろん、これは追いつめるということにはならない。むしろ、相手を憤らせることにしか繋がらなかった。

 ティアの狙いはそこ。ブランドーには、ただの子供でしかない今のティアでは勝ち目がない。

 勝つ為に必要なのは、先にもあげた奇跡。ティアはその奇跡の発生確率を上げる為の伏線を張った。

 知力や学力という部分ではかなり低い部類のティアだが、こうした戦闘が介在する部分ではなかなかに深い部分を突いてくる。

 しかし、そこはブランドー。大貴族だけあり、ここに来るまでの経験を高めている。

 すぐさま状況を判断し、それがティアの心理的攻撃だと見切った。ただ、数値的には理解したが、憤りなどは今もなお健在だ。


「(あの小娘の手札はあの一枚だけのはず……いや、そう考えるのは早計か。大きな狙いは別にあると読むべき)」


 一発の不意打ちが功を奏し、ティアが持っていない手札への警戒を取らせた。

 こうなると、予期せぬ事態への防御策を用意しなければならない。つまりは、処理が僅かに遅れるのだ。


「(さて、どうしようかな……適当に逃げられれば良かったと思ってたけど)」


 ティアの狙いはただ一つ。最終的にはエルズとの約束である逃亡、それこそが最優先事項になる。

 ただ、それは後ろ向きな逃亡というよりかは、後退りをしながらの攻め。逃げながらも、相手に決定的な一撃を打ち込もうとする考え。

 ブランドーも、さすがにその戦法は読んでいない。そもそも、その戦い方は強者のものなのだ。

 強者でありながらも、多勢に無勢、後方には守らなければならない者がいる。そうした時の、殿の手。

 今までのティアに、そのような強者の気配はない。それどころか、彼女は容姿だけでいえば少女なのだ。

 ゆっくりと、確実に、ティアの体に感覚が戻っていく。実力こそ子供のままだが、その身に宿る意思は《放浪の渡り鳥》そのものだ。

 瞬間、ティアは前進する。

 先ほどのような不意打ちか、間の抜けた攻撃か、それとも第三の手か。

 連なる動作から二つの選択肢が空に溶けた。手を背に回すという動作、これは《呪符》を取りだす準備動作だ。

 既に完成していた《魔導式》が起動し、水弾を生成する。防御を打つ必要はない、相手が闇属性であるのであれば、撃ち落とせると考えていたのだろう。

 貴族だからこその傲慢さ、それに劣らない実力。ブランドーの一手は、読みの前提において最善手だった。


「絶対に避ける!」


 ティアは大きく屈みこみ、水弾を回避する。ただ、その動作に入った時点で、不意打ちを行うだけの時間はなくなった。

 ここからでは、かなり無理な姿勢から《呪符》を投げることになるのだ。そうなれば不意打ちにならない、投げる動作を見てから反応すればいい。

 が、ティアは投げようとしない。そのまま立ち上がり、ブランドーに向かって駆け出す。


「(第一矢が外れ、別の手に切り替えたか? いや、そのような切り替えが出来る娘なのか)」


 条理に囚われている限り、ティアの姿は捉えられない。それこそがまさに渡り鳥と呼ばれる所以。

 鳥には目的があるが、それを観測する人間には理解できない。ティアの動きは、通常人が見る場所からでは予想できないのだ。

 ブランドーは咄嗟に攻撃態勢に入り、ティアを蹴り飛ばそうとする。しかし、それに対応し、ティアは第一撃目の蹴りを回避し、ブランドーの背面に移動。

 冷静さの蓋からあふれ出した怒りが攻撃性を帯び、追撃の蹴りが放たれた。

 今度はティアにも回避できず、防御行動をもって攻防は終了する。

 壁側におかれたラックに衝突し、ティアは沈黙した。

 この状況になっても、ブランドーは冷静。相手がまだ何か用意しているのではないか、と警戒して《魔導式》の展開を優先し、時を待つ。

 順列は百番台以上。上級術の火力で、一撃のもとに葬り去る。

 いくら術の練度が高いとはいえ、水属性には絶対的な威力の制約があるのだ。殺傷性を獲得しようとすれば、百番台に到達しなければならない。

 例外として、武器攻撃系──水のハンマーやメイスを作り出すもの──が存在するが、ブランドーは練度を高めていないのだ。

 そして、《魔導式》が展開し終わったと同時に、ブランドーは詠唱した。


「《水ノ百三十九番・水龍弾(スプラッシュキャノン)》」

「その時を待っていたよ」


 ティアは咄嗟にラックを登りだす。微弱だが、抽斗が階段状に出ているので、垂直壁のぼりのようにはならない。


「(衝突の時に動かしたか? いや、ありえない)」


 あの二撃目、ティアの防御はそうするしかないという手ではあったが、ある意味想定通りだったのだ。

 壁に叩きつけられ、ブランドーの目が離れる一瞬ごとに小さく振動を送り、段差を作り出していた。

 もちろん、それには神がかりな操作が必要だが、《風の一族》としてのティアは、そうした技巧(・・)を習得している。

 《風の一族》の圧倒的な近接戦闘能力は、なにも身体能力に頼りきったものではない。むしろ、本質は人間という種族の範囲で極めた、肉体制御能力。

 処理が重い上級術、それも起動から発動までタイムラグのない雷属性と違い、水属性は明確な遅れが存在する。

 青い液体が龍の顎を思わせる形に変化し、その大顎より凄まじい勢いで水弾が発射された。

 だが、その瞬間、ティアは飛び出す。

 真下には大人すら一撃で引きちぎる威力を持つ、水弾の弾幕があるというのに──跳んだ。

 驚愕の表情を浮かべるブランドーへ、ティアのかかと落としが炸裂する。


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