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大空のフィア  作者: マッチポンプ
中編 少女と皇と超越者
227/1603

12

「そろそろ、いいかな?」


 主戦場の様子を知らないティアは森の中に入った。

 行きに使った枝は健在であり、道に迷うこともなく進む。今回は無理に走らず、体力のペース配分を考えずに動いていた。体に慣れてきたのだろうか。

 そうして、脱出の際にみたゴミ捨て場に辿りつき、ティアは一息をつく。冷静さを保ち、一度大きく深呼吸をする。

 メリオの恐怖を思い出しながらも、エルズから言われた言葉で無理やり自分を昂ぶらせ、扉を開けた。

 数日間とはいえ、何度も見た光景なだけに目には焼きついている。

 頬に触れる怯えを叩き伏せ、ティアは労働者が使用する部屋を目指した。

 雑談のような流れでリーフから聞き出していたこともあり、時間がかかることもなく部屋は見つかる。

 ゆっくりと扉を開けると、内部には四段ベッドのようなものが複数配置されており、狭い部屋にはさまざまな体臭が入り混じっていた。

 リーフを捜そうとすると、一人から声がかかる。


「あんたアレかい? メリオ様の?」

「……えっと、あのリーフは」

「あ? リーフなら……そういやみてねぇなあ。この時間だって言うと、もう部屋に来て修繕作業でもしてるはずだけどな」


 外は真っ暗闇、エルズとの作戦会議や突入からの待ち時間により、既に夜の中盤を過ぎたところ。日を跨ぐにはまだ遠い。


「ありがとうございました」

「質問ついでにおしえてくれや。さっきから見回りが動いている様子がないんだが、なにかあったんか?」

「……私も、よく分からないの」

「そうか。ならいいや」


 ティアは部屋を抜け出してすぐ、次の候補地に向かった。

 安直な考えが実ることはなく、ティアの寝室からは人の気配が感じられない。それどころか、鍵がかかっていて入れない始末だ。

 飽くまでも安全な場所を探していたが、どこも見当違い。

 ともあれば、残る地点は限られてきた。ティア自身、うっすら気づいていた場所だ。


「あの部屋……かも」


 子供を襲う、暴力を振るうことでメリオは自己の欲求を消化している。そこでティアがいきなり消えたとすれば、矛先は簡単に呼び出せるリーフに向いてもおかしくはなかった。

 恐怖が次第に高まり、心臓が凄まじく加速し、動悸や息切れが発生する。この状況で動くのは安易ではなかった。

 ただ、それでもティアはエルズから受け取った言葉に従い、勇気を奮い立たせて走り出す。

 深く深い場所へと進んでいき、重い扉を開くと、むせ返る臭いが鼻腔を刺激した。

 部屋は薄暗く、中に誰が居るかも判断がつかない。夜なので、照明が消されている。

 闇に目を慣らそうとしていた時、前方に動く影が出現した。


「ティアちゃんじゃないか。やっと来たんだ」

「ッ」


 後方に飛び退こうとするが、一歩間に合わない。

 細い腕を捕まれ、そのまま無理やり傍に引き寄せられた。

 子供の体でしかないティアからするに、万力のように締め上げられる痛みも、引き寄せられる時の骨の軋みは耐え難い。


「リーフは! リーフはどこ!」

「リーフ? 知らないなぁ。あれはもう飽きちゃったから」


 判断ミスを後悔し、今にも逃げ出そうとした時、メリオはそのままティアを押し倒して両手を押さえた。

 ベッドに寝ているが、だからといって動けないわけではないらしい。

 水属性の術で常時肉体の正常化を行っているのだろう。精神が異常なのだから、皮肉としか言えないのだが。


「離して! やだ!」

「そんな口、誰が叩いていいっていった!」


 頬に拳が叩きこまれ、口腔内の粘膜が破れて血がにじみ出す。

 痛みが鋭く刺さり、羊皮紙にインクを垂らしたかのように、一度感じた恐怖が再び広がっていった。


「やだ……やだぁ」

「やだじゃないだろ? 殴るぞ」


 目を閉じて抵抗をやめたティアを見て、メリオは口許を歪める。

 服を脱がせようとするが、複雑な構造の為に簡単には裸体にはできなかった。いつもはリーフがやっていただけに、メリオの憤りは段階を無視して上昇していく。

 腹部に拳を叩きこんだ後、怒りをぶつけるように服を引き裂こうとした。

 ティアは嚥づき、それでも吐き出すことも泣き出すこともできず、ただ現実を逃避しようと目を閉じる。

 途端、鮮血がティアの視界に移りこんだ。激痛と、耳を劈く叫び。


「がぁアアアアアアアアアアッ! 誰だあああああああああ! この僕にぃ! この──」


 その叫びがメリオのものだと分かった途端、激痛が腹部を殴られたものであると悟り、血液は自分から流れていたものではないと察した。

 ティアは拘束が緩んだ隙に抜け出し、距離を取る。

 振り返ると、そこには傷一つないエルズが立っており、焦燥した様子で手を向けていた。


「ティア! 早くこっちに!」


 縋る様にエルズのもとに掛けよると、すぐに腰を抜かしてしまう。


「エルズ、なんで……」

「ブランドーの手下はみんな無力化(・・・)したから。できればもう少し早く来たかったんだけど」


 言い方を変えているが、実際は全員を屍にしている。

 全員を引き付けたと確信した時点で手加減をやめ、全員を酸欠で殺していた。ティアは知らないが、あの場はもはやこの世界のものとは思えない程に、悲惨なことになっている。


「へぇ、君も新しいおもちゃかな? へへ、こんな小さい子供──赤ん坊みたいな子でやったらどうなるんだろうなぁああ」


 異常な性癖と狂った考えを持ったメリオは、腹部に突き刺さった螺旋状の刃を引き抜き、水属性の導力で傷口を修復を開始していた。

 それと同時並行で《魔導式》も展開し、自らエルズを捕獲する為に動き始める。


「ティア、リーフって子の居場所に覚えは?」

「えっと……ブランドーの、部屋かもしれない」

「ならそっちに向かって。エルズもこいつを倒してから追いかけるから」

「でも……私、怖いの」

「甘えないで!」


 吐き捨てるようなエルズの言葉を聞き、ティアは後退りをした。

 メリオの詠唱を破棄した不意打ちに対しても、エルズは意識を乱さずに対応する。

 手元に構えていた《呪符》を握り、投げつける。目の前に迫った水弾が命中する前に術が起動し、藍色の刃が水を引き裂いた。

 威力は闇属性の方が低い、そして《魔導式》を使っていない分だけ不利。

 だが、物質と衝突したことによる速度の減退を使い、エルズは水弾をスライディングで回避してからもう一枚の《呪符》を投げつける。

 藍色のナイフが皮下脂肪の蓄えられたメリオの腹部に突き刺さり、痛みで暴れ出した。多少とはいえ、闇属性による痛覚拡張が行われているのだろう。


「よ、よくもこの僕に……」

「ティア! 早く行って!」

「でも……」

「エルズは弱いティアなんて見たくない! 強くなって、いつものように」

「エルズは勝手だよ! 私はそんなに強い子じゃない!」


 我を忘れて突進してくるメリオを見つめながら、エルズは言葉を紡ぐ。


「エルズはティアに救われた。憧れた。だから、その憧れを壊して欲しくないの」

「僕を忘れてもらったら──困るなァ!」


 エルズの両腕を強く握り、磔のようにして口づけを交わそうとした。


「エルズ!」

「早く行って! あなたにしか、助けられない子がいるなら、こんなところで迷って居ないで」


 ティアは反転し、部屋を出て行く。

 荒々しくエルズの口の中を蹂躙していたメリオ。どうにも、性欲がたまっていたことは事実らしく、攻撃性や痛みを忘れていた。

 エルズは無表情でそれを受け入れていたが、ティアの足音が遠くになった時点で目つきを変える。

 強く歯を立てると、そのままメリオの舌に噛みつき、深い傷跡を浴びせた。

 当然ながら痛みで仰け反るが、その瞬間にエルズは両足で蹴りを叩きこみ、片手を地面に擦らせながら着地する。


「ティアが力を取り戻せる機会が今だけっていうなら、エルズにできるのはこれくらい。本当は今すぐにでも助けに行きたいけど──踊ってあげるわ」


 痛みに悶えながらも、充血した目で怒りを滲ませるメリオを前にし、エルズはティアの心配だけをしていた。


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