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大空のフィア  作者: マッチポンプ
中編 少女と皇と超越者
224/1603

「おはようございます」

「ん? 掃除か?」

「はい」


 リーフはティアの部屋の入り口で見張りをしていた兵士に挨拶をし、許可を得た後に部屋の中に入る。

 ただ、実際に掃除を行うわけではなかった。

 用意させたゴミ類を少しだけ麻袋に突っ込み、出発準備を済ませていたティアを呼び寄せる。


「ティアさん、ではこの中に」

「……うん」

「大丈夫です。絶対に、出して見せますから」


 何も言い返せず、ティアは麻袋の中に入った。

 リーフはそれを軽々と背負う。ティアの体重がそこまで重くないこともあるのだが、彼女は苛烈な労働によって、慣れてしまったのだ。

 部屋を出ると、見張りに一礼した後、そのまま外のゴミ捨て場まで向かう。

 屋敷の裏口から出ると、そこには無数の麻袋が置かれていた。公式にその廃棄物を回収する者を外部で雇ってはいるが、大抵が盗賊やこの領地の人間が取りに来る。

 ただ、そのような者達が来るのは夜。公式の回収役はこの日にはこない。

 麻袋を地面に置くと、リーフは一度立ち止まってから、すぐに屋敷の中に戻っていった。

 それからすぐ、ティアは袋から抜けようとしたが、口が縛られていて外に出ることができないことに気づく。

 焦った途端、すぐにゴミの中にナイフが隠されていたことに気づき、袋を破ってからそのまま外へと出た。

 明らかに不自然──とはいえ、話を聞かなければ理解できないような──に置かれていた枝を頼りに、ティアは駆けて行く。

 子供のような体力であり、無茶はできるが限界値は相当に低かった。本来のティアならば、全速力で走っても一日は平気だったに違いない。

 息を切らせながらも、ティアはリーフから受け取った機会を逃すまいと、すぐにこの場から離脱しようとした。


「絶対、助けを呼んでくるから……ぅ」


 逃げて、逃げて、逃げ続け、次第にティアの意識は薄れていく。

 それでも早くと、動かなくなりつつある体に鞭を打ち、走り続けた。

 途端、森を抜ける。

 視界には、見慣れた光景が広がり、ティアは安心感から脱力してしまった。

 まだ、逃げ切ってはいない。ただ、それでも体は既に動かない。

 しばらくそうしていると、意識が鈍っていき、留めようという感覚までもが力を失った。



 ──目を覚ますと、ティアは違和感に気づく。

 倒れた場所は地面だと記憶していたのだが、今の寝床は明らかにやわらかい。


「(また捕まっちゃったのかな……)」


 疑問に思いながらも、すぐにそうではないと気づく。

 ブランドーの屋敷では、ベッドの品質は凄まじくよかった。ただ、この場あるものは宿屋のそれにすら劣っているようにも感じられた。

 状況の不可解さに首を傾げると、ティアが覚醒したことに気づいたらしく、一人の中年女性が顔を覗かせてきた。


「おや、おきたんかい」

「……ここは?」

「わたしの家だよ。いやぁ、驚いたよ。旦那が森の傍で倒れているところをみつけたって、急いで運んできた時は──」

「ブランドー……っていう、貴族の場所じゃないの?」


 その名前が出ると、女性はばつの悪そうな顔をする。


「ブランドー様はこの地の領主だけど……それがどうしたんだい?」

「まだ、逃げ切れてなかったんだ……なら、早くいかないと」


 ベッドから起き上がろうとした時、女性は問いかけてきた。


「なにかあったんだね」

「……うん。今まで、ブランドーって人に捕まってたの、そこで女の子に助けてもらってどうにか出てこれたんだけど──あっ、早く助けを呼ばないと!」


 女の子という単語が出た瞬間、女性は顔色を変える。何かに気づいたような様子だ。


「その子の、その子の名前は?」

「リーフだよ……おばさん、もしかして知ってるの?」


 女性は愕然とする一方、安堵と絶望のような感情を混沌とさせながら、両手で顔を覆う。


「リーフは、私の娘よ。数年前にどこかにいっちゃって、噂ではブランドー様の屋敷に捕らえられていると──でも、生きていたんだね」

「リーフの……」


 ティアは急激に申し訳なく感じ、頭を下げた。

 自分を助けてくれた相手が、自分を逃がす為に手を貸してくれた子の母などとは予測できるはずがない。


「すみません! 私だけが逃げちゃって」

「謝らんでいいよ。私らはあの子が生きていると分かっただけでも満足さ。感謝しているよ──それに、あの子も、きっとあなたが助かることを望んでいたはずさ」

「でもっ……」

「ブランドー様は大貴族。冒険者も、国もたぶん動いちゃくれない……助けたくても、だれもあの子を助けられないんだよ。でも、あの子はあなたを助けられた。親として誇らしい限りだよ」


 そう言いながらも、女性は落涙していた。

 平民と貴族の差を理解している。さらに、相手が領主で大貴族ともなれば、どうしようもないと。

 認めたくはなくとも、夫婦はリーフを諦めていたのだ。

 だが、生きていると知れた。失踪してから長い期間生きていたからには、そう簡単に殺されるような立場ではないとも理解した。

 その上、ティアという一人の少女を助け出した。娘は誇らしい。娘は生きている。

 そう、言い訳しなくては抑えられないのだ。悲嘆も、世界の不条理、理不尽を。

 その時、その瞬間、ティアは取り戻した。

 今までは力なき少女として、ひたすら絶望するしかなかった状況。それに向かい合うだけで精一杯だった。

 だが、今のティアには見えている。目の前で困っている人の姿が。それを守らなければならないという、自分の使命が。


「……絶対に、リーフを取り戻して見せます」

「なっ、ダメだよ! そんなことしたら──」

「大丈夫。私は、冒険者だから。一人でも、絶対にリーフを連れ帰ります」


 ベッドから立ち上がると、ティアは女性に一礼し、扉を開けた。

 夕暮れに染まる空、急げば夜までには間に合う。確信し、ティアは歩み出す。


「(もう逃げたりしない。力がないとしても、それで立ち向かわなくていいことにはならないから)」


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