8β
──その頃、ティアは……。
ベッドの上に座りこみ、二人は雑談をしていた。
リーフは仕事が忙しいのだが、不安であろうティアの為、出来る限り寄り添っていた。
奴隷のような生活をしていたからか、ブランドーに許可を取ることも忘れていない。
「メリオ様が体調を崩すなど……とても運がよかったですね」
「……もしかして、リーフがなにかしたの?」
リーフの調理するものは全て、労働者に配られる。改めて言うが、貴族であるブランドーとメリオ、一部の近衛兵は待遇の異なるシェフに作らせているのだ。
ただ、リーフは配膳を任せられているので、異物を混入させることは可能。気づかれない程度、ということも含めて。
「ゴミ捨ての時に、外から草を取ってきたんですよ。お腹が空いて食べた時に、一日は体調が悪くなったので間違えはしませんよ」
一見すると痛快な話だが、リーフの待遇の酷さも同時に知れる。
影を含ませながらも、ティアは無理に笑みを作り、感謝するような所作をみせた。
「ティアさんは、好きな人とかはいるんですか?」
「うーんとね、いるよ! ガムラン!」
「がむ……どんな人ですか?」
「えとね、かっこよくて、礼儀正しくて、強いの! 私といい勝負できるくらいだから、相当強いよ!」
元の彼女を知らないリーフからすると、同い年──見た目から十歳前後──の男の子という認識で終わる。実際は十六歳なのだが。
「リーフはどうなの? 外とか……このお屋敷とかで、好きな人とかいないの?」
「そうですね……私はいませんね。ただ忙しいばかりで──それに、ここに来る前は人を好きになれるような年ではなかったので」
今回ばかりは黙っていられなかったらしく、ティアはリーフの両肩を掴んだ。
「ダメだよ、それ! 恋しなきゃ! オンナノコは恋しなきゃ生きていけないんだよ! 友達の子が言ってたよ!」
一体どこの人見知り姫のことを言っているのだろうか。
いうまでもなく、リーフからすれば、その友達が本当に恋をしなければ生きていけない状態であることは分からない。普通に考えれば、たとえでしかないのだから。
「……ティアさんは、外で待っている人がいるんですか?」
「うーん。エルズって子が待ってる……どころか、捜していると思うよ。だから、待ってたらそのうち──来て、くれる、かな」
いつもなら断言できていたが、満ちる勇気が失われ、その言葉は曖昧なものになっていた。
「私は、たぶんいません。捕まったのは何年も前、だから……家族もみんな」
「そんなこと──」
「ティアさんには未来がある。だから、私はティアさんが逃げられるように手を貸します」
割り込むような言葉に違和感を覚えながらも、ティアは驚愕の発言に目を付けずにはいられない。
「あるの?」
「はい。これは気づかれればまずいことですが……おそらく、誰も分かりません」
笑みを浮かべるリーフに対し、ティアは不安を覚えた。
それはとても儚い。割れる寸前の硝子のように、無数のヒビが光を反射して煌いているだけのことだ。
ティアはリーフと共に逃げることを提案しようとする──のだが、リーフは先手を打つ。
「これを成功させる為にはわたしの存在が不可欠です。ティアさんが逃げ切るまで、時間を稼ぎますから」
「でも……」
「エルズさん……それと、大好きなガムランさんと会えるといいですね」
曖昧とは言え、ティアはそれを感じ取っていた。
リーフが死に急いでいること、生きることに疲れていることに。
「明日の早朝にうかがいます。時間がないので、起きていてくださいね」
それだけ告げ、すぐに出て行ってしまったリーフに、ティアは何も言い返せなかった。




