6β
目を覚ましたティアは、ベッドに寝かされていた。
大貴族の家に置かれているだけに、質感はとても良い。
裸だったはずだが、ネグリジェが着せられていた。これまた例に漏れず、良質な衣類だ。
「んっ……」
「おはようございます」
ティアが目覚めた途端、女児の声が聞こえてくる。
ティアが体を起こすと、そこにはメイド服に身を包んだ侍女がいた──子供だ。
見たところ、年齢は八から九といったところか。ティアの外見年齢より一回りは小さい。
「あなたは?」
「リーフです。この城の侍女を務めています」
「小さいのに偉いね。それで……ここは?」
哀れに思ったのか、僅かに表情を曇らせた後にリーフは答える。
「ブランドー様の城──オーダ城です」
首都からそこまで離れておらず、先日までいたダイサ城からはずいぶんと遠い場所だ。
一日の間に馬車で移動したのだろう。速力や走行時間から判断するに、一部の貴族にのみに流通している馬車の自動操縦装置を使ったに違いない。
ティアはしばらく沈黙した後、ベッドから立ちあがった。
「逃げなきゃ」
「えっ」
「逃げるの!」
窓に目をつけ、ティアは助走を付けてから突っ込んだ。
だが、それは一手足りなかった。エルズは知っていたが、ティアはそこまで気にしていない。
ブランドーが硝子加工を得意とすると。
まるで石の壁に突進したような感覚を味わいながら、ティアは弾き飛ばされる。
硝子は通常のものの二倍程度の厚さ。ただ、硬度に関しては二桁の倍数だろう。
「ここからは逃げられません」
「そんな……」
脱力したティアはすぐに別のことを考えようとする。
しかし、残念ながらティアはそうした作戦の多くをエルズに任せていた。いざ考えろといわれても、日々慣らさなければ考えは浮かばない。
「お着替えを用意しました。どうぞ」
リーフが差し出したのは、貴族の娘が着るような、豪奢で派手で複雑な服だった。
簡単な衣類ばかり使っていたティアからすると、これはどうやって身に纏えばいいかも分からない。
「えっと……」
「手伝いますね」
「えっ、うん。お願い」
今のままのネグリジェではいけないと、ティアは自分の身を許した。
リーフは慣れた手つきでティアの服を脱がせ、そして用意した衣服を着せる。
そうして着替え終わると、リーフはティアに一礼してから扉を開けた。
「こちらに」
先導されるままついていくと、ある一室に辿りつく。そこで玉座に掛けるブランドーがティアを迎え入れた。
「来たか」
立ち上がり、ブランドーはティアの傍に寄った。
そして、愛情など含まれていない手つきで髪を掻き分け、顔を検める。
「なるほど、珍しい個体だ」
「えっ」
「お前は、《風の一族》か」
「……」
「答えずともいい」
それ自体には興味がないかのように、ブランドーはすぐ離れた。
「他の貴族であれば、血を目的に使っていただろう。だが、私は君に手を出す気はない」
「手?」
「……だが、君には別の役割がある」
「なんなの?」
「簡単だ。息子の遊び相手になってほしいのだよ」
そう聞いた瞬間、ティアは拍子抜けしたような顔をする。
「それだけ?」
「ああ」
「なら、大丈夫かも」
「ならば、案内しよう。リーフ、連れて行け」
「……はい」
完全に気が緩みきったティアを連れ、リーフは静かな廊下を歩いた。
そして、誰も周囲にいないと気づくや否や、口を開く。
「遊びがどのようなものか、理解していますか?」
「えっ、わかんないけど。でも、遊びなら得意だよ」
「性玩具、暴力用ですよ」
性玩具が何か分からなくとも、暴力用という言葉だけは誰でも分かることだ。
「そんなのが、遊びなの?」
「はい。そうしてここに連れてこられた子の大半が、それで死んでいます」
そこでようやく、ティアも事の重大さに気づく。ただ、既に遅すぎるのだが。
「逃げられない、かな」
「無理ですね」
「一日目はそんなに危なくないと思います。ですが……」
それ以上は口を噤み、ただ歩みを進めるだけになった。
進んでいくと、次第に周囲は薄暗くなる。壁が厚くなり、深い階層に降りていった。
そして、重厚な扉の前で立ち止まり、何度かノックする。
「やっときたかぁ。早く開けてくれよ」
リーフは重々しい扉を精一杯に開け放つ。途端、異臭が立ち登った。
「(なにこのニオイ、くさいよ……)」
部屋には食べかけの食事や飲料、果てには異臭を放つちり紙まで、全てが乱雑に投げられている。
「メリオ様、部屋の掃除をさせていただきます」
「そんなのはいいんだよ! 早く新しいおもちゃをくれよ!」
声に従い、リーフは一礼してからティアを部屋の中へと連れていった。
ベッドの上で本を読み、染みまみれの豪奢な衣類を纏った男が目に入る。
まさに醜悪そのもの。目は濁っており、肌は荒れ、健康さを感じない堕落しきった脂肪。
青の髪の毛は貴族の証明でもあるが、ここまで容姿を考慮しない醜悪さを向けられると、そうとは考えづらくなる。
「わぁあ! これは面白そうだなぁ。染めものかな?」
「《風の一族》、という話です」
「じゃあ本物かぁ! もっと見せてくれよ!」
そうは言っても、ベッドからは降りてこない。
リーフはティアを促し、近付くように言った。ただ、ティアとしても近寄りたくはなかったらしい。
いくら善性の塊のようなティアでも、こうした類の人間はどうにも駄目なようだ。
肥満男、化膿などでグロテスクな傷口を持つ者達を嫌うような素振りは見せていないだけに、精神的な面や荒廃的な性質が嫌なのだろう。
「早く来い! さもないとパパに言うぞ!」
「ティアさん、早く……」
仕方がないと思い、ティアは近付いていった。
そして、ベッドに居座りながらもティアに手が届く範囲に届いた辺りで、メリオはティアの髪を掴んで自分の傍に無理やり引き寄せる。
「本物だ! 本物だ! 珍しいおもちゃだなぁ」
「痛い! いたいよ!」
「うるさいんだよ! おもちゃが僕に逆らうなんて生意気だぞ」
顔を殴りつけられ、ティアは涙を流した。
普通ならば抵抗できるはず。しかし、今のティアには見た目どおりの力しかないのだ。
ただ無抵抗に暴力を振るわれるしかない状況、その状態で恐怖を覚えない者がいるだろうか。
「や、やめて……」
「そうだよ。そういう態度をとってればいいんだよ」
凄まじい臭いに苦しみながらも、ティアは抵抗をやめた。
すると、メリオはやらしい顔をし、ティアの秘部をまさぐる。
「触らないで!」
「騒ぐなよ!」
腹に一発が入り、ティアの意識はぐらりと揺らぐ。
そのまま落ちてしまえば楽だったのだが、ティアは堪え、どうにか持ち直した。
「この様子だと新品かぁ。へぇ、いいねぇ……遊び甲斐がありそうだ」
「……メリオ様」
「うるさいなぁ! さっさと出て行ってくれよ! 掃除なんていらないから」
「ですが……」
「パパに言うぞ!」
「ブランドー様から頼まれたのですが」
「じゃあパパに言うんだな! 余計なお世話がいらないって」
そこで再び気を取り直したらしく、メリオはティアに声を掛ける
「名前は?」
「テ、ティア」
「へぇ、ティアちゃんかぁ。年は?」
実年齢を言うかを迷ったが、どうせ信じられるはずがないと、嘘をついた。
「十歳」
「いいねぇ。ちっちゃい子は可愛いんだけど、するときに面倒だからねぇ。これくらいの、中途半端に女になりつつある子の方が使いやすいんだ。分かるかい?」
ティアには全く分からない。ただ、暴力を振るわれるのが恐ろしく、頷いた。
「いつもならすぐにはしないんだけど、君はめずらしいからねぇ。まだ新鮮な内に一回やっておかないと」
そう言うと、メリオはティアの唇を奪う。
必死に抵抗するティアだが、両腕を押さえつけられ、逃げることはできない。
「(やだぁ……ガムランとキスもしてないのに……こんなの、やだよ)」
口腔内に広がる、嫌な味に吐き気を催すが、それをすればまた殴られると必死に抑えた。
涙を流し、恐怖に怯えた表情を浮かべるティア。だが、メリオは欲望におぼれているかのように、恍惚としてみせる。
「君みたいな平民が、僕みたいな貴族とできるんだ。もっと喜ばないと」
そう言われても、ティアからすれば初めてのキスが奪われた絶望から逃れることはできない。涙は止まらず、笑うことすらできなかった。
メリオは憤り、ティアの頬を殴りつけると、再び無理矢理キスをする。
舌を踊らせ、蹂躙されるティアの瞳からは、次第に光が奪われていった。




