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大空のフィア  作者: マッチポンプ
中編 少女と皇と超越者
216/1603

 冷たい地面、遠くから聞こえるざわめき、響く声、かび臭い空気。


「んっ……ここ、どこ?」


 目覚めて早々、ティアは自分が素裸に剥かれていることに気づいた。

 別段それが恥ずかしいわけでもなく、周囲の状況を確認する。

 四方を囲う檻。隙間は幼児すら通過できない、細いもの。逆に、鉄格子自体は太く、へし折ることは困難に思われる。

 しかし、ティアはそれくらいならば折れるとみた。すぐに動き出し、こっそりと鉄格子の傍に近づき、力を入れる。

 なんども挑戦するが、動く様子はない。それどころか、ティアの手が赤くなり、疲労しただけに終わった。


「起きたみてぇだな」

「あ、あなたは!」

「喜べ、お前は上玉認定されたぞ。おそらく、金貨数百枚単位だろうな」


 最低額でも、小さな家が土地付きで買える程度の値段だ。貴族を対象にしているだけに、売買の単位すら飛んでいる。


「うれしくないよ!」

「高く買うような家なら、待遇もそれなりだろうよ。真っ当な寝床、真っ当な飯……まぁ、それに見合うだけのことをされるだろうがな」


 なにをされるのか、全く分かっていないティアは恐怖していいのかどうかを迷った。

 そうしていると、騒ぎが急に増し、ティアは驚く。


「おっ、始まったみてぇだな。俺は興味ねぇが、これが目当てで来ている貴族サマもいることだろうな」

「なにが始まるの?」

「オープニングセレモニーとエキシビションだな」


 現在の感覚が鈍ったティアでも見えるような距離に、幼い子供達が現れた。

 ティアと同じく全裸である。しかし、牢屋の外だというのに手足は縛られていない。

 いくら後ろにガタイのいい男がついているとはいえ、逃げる素振りすら見せないのは奇妙だった。


「なんであの子達、逃げないの」

「疼きを消す手段が、そこにあるからだろうな。みてみろよ」


 よく見てみると、男女含めた子供達は全員が興奮状態にあった。

 ただ、ティアはそれがそういう状態なのだと理解もできていない。それでも、様子からただごとではない、程度は把握しているようだ。

 ここからでは見えないが、どうにも段差の下に階層があるらしく、声が沸き立っている。かなり微弱だが、高い声──おそらく女性──の声まで聞こえる始末だ。

 ティアの前で行われたのは、目を覆いたくなるような光景でもあった。

 その行為の意味も、ティアは知っている。知識はなくとも、それは自然なのだ。外界の文化が足を踏み入れていない山の中ですら、それは共通だった。


「お前は運がよかったなぁ。この俺が分けてなければ、クスリを打たれてあのザマだったろうに」


 それを聞き、ティアは初めて恐怖する。

 善大王から、その行為の意味については聞いていた。だからこそ、ガムラオルスとそうする前に、知りもしない他人と行うことは避けたかったに違いない。

 ここでの回避自体、未来のことを考えるに意味があるとは思えないが。むしろ、適度な慣らしがない分、余計に地獄かもしれない。


「なんで私は高いの?」

「聞きたいか? なら耳を貸せよ」


 鉄格子に顔を近づけた途端、男は指を突っ込み、ティアの髪をつかんで引っ張った。


「こいつだよ。この髪には価値がある。あとは、その目だな。貴族サマっていうのは珍しいモノに目がねぇ。お前みてぇな稀少品には所有欲を満たす効果があるんだよ……っと、抜けちまったら価値が下がるな」


 このような暴力的な行為をされるのは初めてらしく、ティアは警戒を通り過ぎ、怯えだす。


「ツイてればただのコレクションで済むかもなぁ。ま、おそらくは子供を孕むだけの苗床が順当なところだと思うがなぁ! カカ、俺としては金が入れば、その後はどうでもいいんだがなぁ!」


 この男は、まさに人間の醜悪な部分を象徴したような存在だった。

 ティアとて、悪人に出会わなかったわけではない。ただ、それでも相手はいつも敵だった。勇者として相対する魔王や竜、そんな存在だった。

 しかし、今目の前にいるのは人間だ。だからこそ、ティアは深い絶望の色を顔に滲ませる。

 開幕式のように行われた、倫理観の欠片もない少年少女の交尾ショーは終わりを告げ、さっそく一般児童の売買が始められた。

 個体差こそあれど、平均は男子が金貨三百枚程度。女子は百から二百でブレが大きい。

 意外にも見える結果だが、これもある意味の論理に従っている。

 しかし、この場所で催されている行事はなかなかに面白い。

 一見すれば、これはただの異常性癖者への生贄にも思えるが、その側面は所詮過半数でしかないのだ。

 中には将来の労働力──主に文官や近衛兵、側近候補──の確保に動く貴族もいる。

 少し外れたところで子供の玩具(あそびあいて)というところもあった。

 ただ、中には子供に恵まれず、自分の跡目を継がせる為に来ている者もいる。

 金だけを持ち合わせた、偽善的な児童保護主義者──聞こえはいいが、大人になった途端に働く知識も与えずに開放する者が多い──も参加していた。

 ゲリラ的に行われる奴隷市場と違い、この場には絶望感こそ持っているが、健全な児童が大多数を占めている。

 人間不信も浅いからこそ、洗脳やメンタルケアで普通の子供のようにすることも可能。奴隷の子供ではそうはいかない。

 そういう意味で言えば、里親という名目もそこまで間違ったものではない。

 事実、夫婦のどちらかが子供を作る能力を持たない貴族は、面子を保つ為にこのような裏商売に手を染めているのだ。

 逆に言えば、その後はおそらく安心だろう。順当に進めばいきなり貴族へ──ただし、それは五指を持て余すほどに少ないのだが。


「さ、そろそろ売りの時間だ。行くぞ」


 ティアの手足は縛られ、小さい動作しか行えなくなる。彼女自身の身体能力が低下している以上、ここまでしなくとも良いのだが。

 売りの舞台に立った途端、眼下に広がる群集が目に入る。

 熱狂する者達が多い中、やはり静かに様子を伺う者、当たりはないかとワインを舐めながら見ている者も。

 ティアの登場を聞きつけると、そうした者達を纏めて前の方へと移動していき、目の色を変える。


「この緑色の髪と瞳。瞳で分かるだろうが、これは染めもんじゃねえぞ! つい先日手に入れたばかりで鮮度も抜群だ。五百枚から! さぁ、上げていけ!」


 荒い口調の煽りだが、この場に来ている者達はそれを気にしない。貴族と平民の隔たりがあろうとも、相手は自分にとって都合のいい存在なのだ──お互いに。

 しかし、五百というスタートはかなりの威圧感を持っていた。

 通常レートの数倍、前述したとおりの価値。いくら稀少種とはいえ、性欲発散玩具としてはかなり高い。


「六百」


 ただ、ここからは前衛に固まっていた小金持ちではなく、貴族から上層商人らが動き出した。


「七百」

「千」


 ここまで来るとかなり大きい屋敷が建てられる段階。子供一人に支払う次元を超えてくる。

 さすがにこれには威圧されたらしく、商人群は手を引く。貴族ですら、これには対応できないと引き下がっていった。

 現在の落札候補者は、ティアが《風の一族》なのではないかと予測している。

 外見からはそうとしか思えないが、外界の常識で言えば《風の一族》は文字通り伝説の存在なのだ。実際に口伝されている容姿かは不明。

 それでもなお、優秀な血統を取得できるという目的から購入に思い立ったらしい。

 つまりは、愛妾ではなく妻──正しくは子供を作るだけの苗床か──だろう。

 ここで決着か、と思われた時、一人の貴族が挙手をする。


「二千」


 古い城であれば、貴族が十分住まえるクオリティのものでも購入できる値段だ。

 ここまでくると物好きという話ではなくなってくる。

 その場の全員が妻──こちらは正真正銘の正妻──か娘に迎え入れるものだろう、と推測した。つまりは、この時点で決着だ。

 満場一致で全員が下がり、必然的にその貴族の落札となる。


「ヒュー、まさか拾いもんがこんなになるとはなぁ。俺はツイてるぜ……それに、お前もなかなかの幸運じゃねえか? あんな金を出す貴族サマだ、待遇も悪くはなかろうよ」


 この男は既に一生をそれなりに暮らしていけるだけの金を手に入れているのだ。だからこそか、若干発言に余裕が出てきている。


「やだ! 私はガムラン以外のものにならないもん!」

「ま、好きに言ってるんだな。俺は金をもらったらそれまでだ」


 そうして階段を降り、落札貴族との交換が行われる。二千枚という莫大な金貨である為、この場では金のやり取りはされなかった。

 心配にも思えるが、相手は名の知れた貴族。さらに言えば面子もあるので不払いのようなことはしない──国に明かされて一利なし、というのもあるが。


「離して! やだ! 私は──」


 瞬間、ティアは倒れた。

 どうにも、催眠系統の術を使われたらしい。

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