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「あれ、おかしいな……」
ティアはブレた視界の中で戦っていた。
ナイフを持った不良少年など、彼女からすれば木の棒を持った子供よりも容易いもの。そのはずなのだが、今は明らかに不調に見える。
ナイフが柔肌に触れた途端、すぐに体を跳ねさせ、ナイフを弾き飛ばした。
かなりの妙技に見えるが、今のは技術力でそうしたのではなく、そうするしかなかっただけのこと。
すでに視覚情報は滅茶苦茶になり、確信するに足る情報ではなくなっていた。
故に、ティアは肉体に残っている触覚を使っている。攻撃命中と同時に攻撃位置を察知し、凄まじい速度で反応して反撃を叩き込んだのだ。
これがどれほどまで異常な身体能力かは、言うまでもないだろう。
ただ、そこまでやっても現状の維持がやっと。相手の数は次第に増えていき、ティアの攻撃では削りきれない。
時追う毎に感覚は閉じていき、世界の見え方が変わってくる。
まずは超感覚、そして超身体能力……人間を超えた能力はゆっくりと、だが確実に消失していった。
十秒、五秒先を予測できるだけの能力が消えたことにより、ティアの混乱は段階を無視して高まっていく。
目で見る世界、耳で聞く音、体で感じるもの、風の匂いなど、すべてが自身の判断と違っていた。
世界が見えすぎるから一転、世界がまったく見えない状況。いくら経験が多かろうとも、こうなってしまえばどうしようもない。
絶体絶命の危機に際し、それは現れた。
目に映る、周囲に存在する者達とは違う、明らかに背の高い男。
味方の冒険者か、と安堵しかけたティアは攻撃の手を緩めてしまう。
「おいテメェら、なにやってやがる」
「あっ……これは、こいつが暴れて」
長身の男は答えた少年を蹴り飛ばした。
「馬鹿野郎、こんなガキになにやられてやがんだ。だらしねぇ」
「す、すみません!」
この時点で、男が味方でないことが明らかになる。
不良少年が治安を荒らす、それでも事件とは言えるのだが、冒険者ギルドにそんな子供の喧嘩を仲裁するような依頼がはいるはずがない。
つまりは、それらを指揮する何者か──悪い大人がいたのだ。
「まぁいい、それで……そんなに強ええのか?」
「いや、さっきから急に弱く……」
「へっ、そうか。じゃあ、このガキを売り飛ばすか。顔は、まぁ悪くねぇみたいだしな。変態の貴族にでも売りつければ、それなりの金になるだろう」
「兄貴、このガキを売るんっすか?」
「ああ、たりめぇだ。こんなガキの一人や二人ぶっ殺しても、なんの意味もねぇ……ったく、まだ女らしい体していれば、一発することもできたんだがなぁ」
当たり前だが、善大王と違い、この男は少女に欲情はしないらしい。
ただ、欲情というよりかは、性欲の発散という行為にすら及ばない辺り、ただ単純に嫌いなのだろう。
人相の悪い男が近づいてくると、ティアの周りにいた不良少年が一斉に道を開けた。
「つぅことだ。てめぇみたいなガキは貴族の変態にでも使われてろ」
蹴りが飛んできたのを一歩遅れて確認し、ティアは後ろに飛んだ。
しかし、体も思うように動かず飛ぶ距離も短い、さらに位置を読み違えて蹴りの射程から逃れてすらいない。
勢いよく蹴りつけられ、ティアの肋骨が数本へし折られた。
「かぁっ……」
息を吐き出し、ティアはそのまま地面を擦りながら倒れる。
ただの一発、それだけで彼女は気を失ってしまったのだ。本来であれば、ありえない事象。




