4β
──宿屋で眠っていたティアは……。
「ふわぁあぁっ……まだ、お昼かぁ。暇だなぁ」
宙返りでベッドから起きあがると、ティアは軽く運動をする。
二階なのだから、かなり思慮の足りない行為としか思えないが、事前にエルズが一階の方も取ってあった。彼女の性質をよく知っているのだろう。
ただ、いくら軽い運動をしても、ティアが満たされることはなかった。
「エルズ、まだ掛かるかな……依頼もあったし、そっちを解決してこようかな」
地元でやんちゃしている、不良少年集団を懲らしめる、それが今受けている依頼だ。それ以外にもいくつか受注してはいるが。
任務の概要を聞く限り、ティア一人入れば十分としか言いようがない。
「ちゃんと、書き置きを残してっと……よし、いってみよう!」
自分がどこに行くかという書き置きを残し、クローゼットに掛かっていた緑色のパーカーを羽織ってから、ティアは宿の外に出た。
潜伏場所については事前の情報から明らかになっており、ティアはただそこに向かい、懲らしめるだけだ。
薄暗い裏路地に入った時点で、空気感が変化する。こうした悪意のこもった空気に関しては、ティアの直感力は鋭くなるのだ。
「くる」
背後から飛んできたバタフライナイフをつかみ取ると、そのまま地面に投げ捨てる。
「くるなら正々堂々くるといいよ。どっちでも同じだから」
「正々堂々? 悪いが、俺らはそういういい子チャンぶった行動はしねぇタチだ……おじょうちゃん」
裏路地のあちこちからナイフを持った男達が現れ、ティアを取り囲む。
その数は十四、完全に逃げ道を防がれた。
「そういうのはよくないよ! ……でも、悪い人たちってことなら、私も容赦しないよ」
「容赦しない? 容赦しないってきたか! ガキがなにを言って──」
瞬間、風が吹き、リーダー格と思わしき男の顎に蹴りが放たれる。
スカートが風でめくられるが、誰もそのことに気を留めていなかった。
「な、なんだこのガキ!?」
「ヘッドが一発で……っ!?」
倒れたリーダーを一瞥し、戦々恐々とする不良少年らを見つめる。
「正義の冒険者がいる限り、悪いことは絶対にさせないよ!」
──その頃、宿屋では……。
「あれ、ティアがいない……」
ベッドの下やクローゼットの中を確認した後、かなり目立ちやすい場所に置かれていたはずの書き置きに気づく。
「不良少年退治をしてくるね……かぁ」
この書き置きで、とりあえずは一安心したらしく、エルズはベッドに腰を下ろした。
「(容態がよくないとはいえ、ただの一般人に負けるティアじゃないしね。心配無用、かな)」
とはいえ、本当に放置するわけでもなく、エルズも出発の準備を整えてから情報通りの場所に向かって歩き出す。
急くわけでもなく、のんきに町の売店などに目を向け、ティアのことを想った。
「(無事だといいけど)」
少しだけ焦った途端、すぐにかぶりを振り、両頬を叩く。
「ティアに何かあるわけないじゃない。あのティアよ。うん、ちょっと変なこと考えてた」
瞬間、エルズの瞳に服屋が写りこんだ。
店頭の安売りコーナーには、緑色のパーカーが置かれている。ティアのそれとは違うが、それでも似た形状をみると思い出さずにはいられない。
「(冒険者になった時の報酬で、あれを買ったんだっけ。懐かしいなぁ、まだ一年も経ってないのに)」
ティアが羽織っている緑色のパーカー。それは決して高級品でも、高品質品でもない。
エルズがティアの為に、冒険者として真っ当に金を溜め、プレゼントしたものだ。
それを大事に思い、ティアは何度も修繕しながら使っている。ひとえに、友情だろう。
思い出しては歩いておけず、エルズはすぐにティアを見つけようと、走り出した。




