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「……ティア、大丈夫?」
「う、うん……あれ、私なにしてたの?」
「胸を打たれたんだよ。急いで治療しなかったら、危なかったって」
エルズは少し嘘をついた。
あの後、冷静になって町まで運んだエルズだったのだが、医者曰く傷はそこまで深くなかったという。
ただ、それは見た目だけ派手だったというわけではなく、既に治癒が始まっていたかのような状態だった。
「(そう、だよね。ティアも《風の星》なんだから、何かあってもおかしくはないかな)」
瀕死の傷を浴びせたフィアが驚異的な再生力により、時間を待つだけで喋る段階に戻ったことは、彼女の記憶にも新しい。
「犯人さんは?」
「エルズが捕まえておいたよ。報酬をもらってくるから、ティアはまだ寝ていて」
「えーっ、もう大丈夫だよ」
「ダメ! 寝てるの!」
「エルズのいぢわる」
「ダメなものはダメ! それと、そこにおいてある薬を飲んでおいてね。ティアが元気になってくれないと、困っている人達を助けられないから」
これこそが殺し文句。ティアは困っている人を引き合いに出されると、大抵の場合で妥協する。
まさしく善や正義の象徴のような少女だ。
エルズはティアに毛布をかぶせ、口に体温計を突っ込む。
「あとで数値を教えて。いくら低くても、薬は飲まないとダメだよ。それに、外出も禁止」
「はーい」
一応の返事に安心し、エルズは宿屋の一室を後にした。
外に出て早々、彼女は冒険者ギルドの支部である酒場に入る。
手荷物は動物の軟性皮を利用して作られた、皮袋だ。一日二日ならば液体も溢れ出さないので、簡易的な水筒にもなる。
扉をあけると、酒と煙の臭いがエルズの鼻孔を刺激した。
「(はぁ……別に、慣れているからいいけど)」
軽く顔の前で扇ぎ、煙を払うような仕草をした後、酒場のマスターを一瞥する。
「ん、あぁ、どうだったんだ?」
ティアとエルズがあの《紅点》の対処に向かったのを知っている為、主語の抜けた会話を切り出してきた。
「これ。報酬はどのくらい?」
そう言い、エルズは皮袋を投げる。
怪訝そうな顔をした後、マスターは皮袋をあけて中身を検めた。
「これは……」
「あの《紅点》の首。ティアが倒れたから、本体を持ってくる余裕がなかった」
あの状況で、エルズは冷静さを取り戻してからは正確無比な行動をしている。
あの場に死体を放置するのは得策ではない。これは倫理的な問題ではなく、手柄を他人に取られるからだ。
だからこそ、エルズは首という明確な証拠を回収し、こうして持ってきた。それしか運べなかったとはいえ、かなり凄まじいことをしている。
ティアの様態がそこまで悪くないにもかかわらず、宿屋においてきたのもこれが関与していた。
エルズとしても、これが気持ち悪いものという認識があるのだろう。
ただ、それだけだ。気持ち悪いからこそ見せたくないのであり、これをするような人間と思われることを問題だと思っていない。
殺しに関して鈍感。当たり前のように思っているからこそ、無邪気で無垢で邪悪なのだ。
「いくら相手が凶悪犯の《紅点》だとしてもなぁ、これはあんまりじゃないか? いや、報酬は払うが」
再び説明することになるが、《紅点》はマスターの言ったとおり、凶悪犯のことだ。
冒険者ギルドが定めた、危険人物。全冒険者、国家の治安維持組織などの全員に指名手配が回っている人物だ。
「それで、いくら?」
「……二十枚だ」
「ま、そんなところかな」
金貨二十枚というと、少なくとも六ヶ月は労働せずに暮らしていけるような額だ。
しかし、凶悪犯の逮捕──殺しているのだが──としては、少々安く思われる。
ただ、この凶悪犯というのも問題の一つで、その人間性の崩壊具合が問題となっているのだ。
大抵の《紅点》はそこまで強くはない。それこそ、上位の冒険者であれば労せずに倒せる程度。
言うなれば、供給が凄まじく多いのだ。金など出さずとも、誰かが手を出す。そういう意味でも、適正価格なのだ。
「報酬は今からでも用意できる?」
「まさか、ここまで早いとは思わなかったからな……本部の方に連絡を出してからに」
「ま、そうでしょうね。じゃあ、とりあえず冒険者ギルド名義で医者を用意してくれない? 代金は報酬から引いていいから」
「《放浪の渡り鳥》になにか?」
「いや……ただ、気になることがあるから。術に造詣が深い人を指定するわ」
エルズにとっての懸念、それはあの男が放った《秘術》だ。
完全に防ぎ切れたと断定できない為、安易に放置もできない。エルズが駆け込んだ医者も、完全な治療専門なので術については門外漢だった。
《選ばれし三柱》であるエルズが分からない時点で、一般人が分かるとは思えないが、それでも念には念をと考えている。
それだけエルズはティアを大切に思っているのだ。
闇の国の諜報部隊、そして善大王と《天の星》の娘のエルズがティアに会ったのは、一見すると完全な奇跡や偶然である。




