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大空のフィア  作者: マッチポンプ
中編 少女と皇と超越者
210/1603

喪失の渡り鳥と幻惑の魔女

 冒険者、それは権力などを持たない、弱き者達、困った人達を守る者である。

 ……と、言うのは新米の冒険者が考えること。実際の職業倫理にも、そのようなことは書かれていない。

 正しくは、困っている人の為に手を差し伸べよう、といった類のものだ。

 その性質からか、仕事の主は雑用が占めている。

 部屋の掃除、農作物の収穫、店番などなど、冒険者の冒険の文字も入っていなさそうな仕事ばかりだ。

 そんな、理想を一撃で打ち壊すような仕事だが、それを受け入れて戦う者もいる。

 《放浪の渡り鳥》、ティアはその一人だ。



 ──水の国、アムネの町郊外にて……。


「やっと追い詰めたよ! 観念して捕まっちゃって!」

「そうは行くか、貴様等を殺し、この場から逃げおおしてやる」


 ボロボロの黒い皮コートを半分だけ羽織った、人相の悪い男はティアに威嚇していた。

 ただ、ティアは恐怖せず、勇敢に構えを取る。


「ティア、こいつは《紅点(レッド)》だから、最悪の場合は殺して」

「こ、殺すなんて! そんなことできないよ!」


 エルズは、そうだろうな、という風な顔をして見せた。

 もし万が一、命に危機が訪れたとしても、ティアは人を殺したりはしない。彼女はそれを経験則でしっているのだ。

 ともあれば、それは自分の役目となる。

 純潔絶対正義のティアを支えるには、その影や闇を背負う人間となる必要があったのだ。

 男はいきり立ち、手に持ったロングソードでティアに切りかかる。

 しかし、ティアは凄まじい反射神経でそれを知覚し、完全なタイミングで蹴り飛ばした。刃は、一撃で折られる。

 飛んでいく刃先を目で追ったティアを見た途端、男の口許が歪んだ。


「死ねぇ」


 手首から暗器と思われる、鏃のような太い針が伸び、ティアの喉元を狙う。

 だが、寸でのところでティアは拳で男の腕の軌道を逸らした。


「もう諦めて」

「くそっ……」


 ティアは最前手を打った。もしも、ここで別の防御手段を取っていれば、一撃で決着が付いていた。

 針は男の手首より放たれ、ティアの右胸に突き刺さる。


「ティアッ!」


 一撃死には至らないが、ティアの表情は見る見る内に青ざめていった。

 いくら《風の星》とはいえ、痛覚は人間のそれと大差ない。少なくとも、彼女はそれを減退する手段を今は使っていないようだ。

 流れ出す鮮血、失われていく生命力、それらを感じながらもティアは殺しの一手を打たない。

 この距離、攻撃終了時、ティアの蹴りが持つ殺人的な威力。それらを考えれば、反撃だけで葬ることは可能だ。


「これで、もうおしまいだね……ほら、もう諦めてよ」


 歪んだ表情のまま、ティアは作り笑いのように笑みを浮かべ、投降を呼びかける。

 本来、エルズはティアに被害がいった時点で動こうとしていた。ただ、それをしていないのは、彼女から念押されていたことが原因なのだろう。


「捕まれば全てが終わりだ! お前のような冒険者には分かるまい」

「それでも、悪いと思って反省しないとダメ……だよ」

「甘いことばかり言いやがって! 纏まれ、合わせろ《完全調和(パーフェクトハーモニー)》」


 男の体が光る……ただ、それは発光現象ではない。彼の体に刻まれた、無数の《魔導式》が煌めき、彼の体が発光しているように見えるのだ。

 このような瞬間的な《秘術》の発動は初めてだったらしく、エルズは手段を選ばなくなった。

 素早く髑髏の仮面をかぶった途端、男は意識を失う。しかし、体は未だに発光したままだ。


「(術者の意識に関係せずに……しょうがない)」

「待って!」


 制止の声を無視し、エルズは《邪魂面》の効果を発動する。

 瞬間、男の生命活動は停止し、術も停止した。

 生き絶えた男の死に顔を確認した後、エルズはティアに駆け寄る。


「ティア、大丈夫?」

「ころさ……な」


 胸に受けた一発が効いていたのか、ティアは呻きながら地面に倒れた。


「ティア!」


 返事はなく、エルズの焦りは極限に至る。

 急いで治療しなくては、という考えがすぐには出ず、町に戻るまでに多くの時間を費やすことになった。

 それはエルズが悪いというよりかは、この状況でそこまで冷静な判断ができるものなどいない、ということで考えるべきだろう。

 よく言えば、エルズはその常識に乗っ取った人間であるのだ。幸いなことに。


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