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アカリが去って少し経った頃、帰り道でライカちゃんは口を開いた。
「まったく、あたしが止めなかったらどうするつもりだったのよ」
「ん、何がだ?」
「何がって……あんたが死ぬところだったじゃない。それに、城下町まで火の海よ」
「ああ、そう言うことね。大丈夫だ、あの時に俺は返しの手を作りきっていたんだよ」
「返しの手ぇ?」ライカちゃんは素っ頓狂な声をあげる。
「そう、俺は下級術の《魔導式》を複数展開していた。それを詰みに持っていく手を勘違いしていたんだよね、ライカちゃんは――そして、あのアカリとかいう女も」
俺は足を止めると、《魔導式》を展開してみせる。今回は敵がいないので、防御の手を考えずに素早く展開した。
「これがさっきの形。このままじゃ連打で倒そうとしているとしか思えない」
「ええ、そうじゃない」
「だが、違うんだよ」
俺は強く念じ、《魔導式》を分解した。
光の文字が宙を舞い、浮遊していたが、すぐに別の形になって再構成される。たった一つだけの《魔導式》として
「光ノ百十一番・星粒壁。ほぼ全ての術を反射する上級術さ。あの場で使えば、アカリって女と家数軒で被害は済んでいた」
俺がこれを奥の手と称した理由。それは、その際に余計な被害が出てしまうこと、そして死人が出てしまうという点に起因している。
だからこそ、ライカちゃんが止めてくれて安心していた。こんな手を使いたくはなかったからな。
「あの土壇場でそんな手を? ……あんたって、ただの変態じゃなかったのね。変わったソウルの色をしているからただ者ではないと思っていたけど」
ソウルの色? 導力ならば属性色があるが、ソウルともなると確認されていないはずだ。
言い間違えただけか、それとも……。
「……でも、力は使わなかったわね。そっちを使った方がスマートに解決できたんじゃない?」
「力? 何のことを」
「何って、《皇の力》よ。まさか、知らないの?」
まったく聞き覚えのない言葉に、俺は虚を突かれた。
「それはどうやって使うんだい?」
「知らない。そう言うことはフィアから聞きなさいよ」
「フィアちゃんがそれを知っているの? ……うむ、ならば今度聞いてみるとしよう。ありがと、ライカちゃん」
普通に感謝したつもりだが、ライカちゃんは眉を八の字にした。
「ライカちゃんはやめて。あと、子供を扱うみたいな態度も」
「気に入らない?」
「子供扱いをされるのは嫌なのよ」
嫌がってもなお続けるようなことはしない。スケベなことをしている時は別だが。
「分かった。じゃあ、ライカって呼ばせてもらうよ」
「じゃ、改めて――よくもさっきは襲ってくれたわね」
凄まじい雷撃の雨を突破し、どうにか城までライカを運ぶことには成功した。
ラグーン王には感謝されたが、街での惨状を耳にしたのか、顔はひきつり気味だった。まったく、ライカも手を抜いてくれれば良かったのに。
なんだかんだラグーン王との交友を深めることもでき、実りの多い日となった。
翌日、事前に要求を通しておき、馬車が用意された。もちろん、自動操縦つきの奴だ。
「善大王様、またいらしてください」
「ああ、考えておく」
馬車に乗り込もうとした時、ライカの姿が見当たらないことに気付く。
「ライカは?」
「それが……どうにも善大王様に会いたくないと。叱りつけておきますので」
「いや、構わない。ただ、旅立ちの前に別れくらいは告げたかったが……」
城にいたほとんど全ての者に見送られ、馬車は《風の大山脈》のある北へと発進した。
「ついに、《風の一族》との邂逅か。よし、頑張るとするか」