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「思い切って出てきちゃったけど……どうしよ」
善大王暗殺に失敗した時点で、エルズに次はない。諜報部隊では失敗は許されないのだ。
ただ、彼女の場合は立場が立場である為、一発で脱退を強要されることはない。
つまり、この場合での問題は、本当に悪行を続けるべきかという悩み。
刹那、エルズは後方から飛んできたものを見ずに掴み、背から威圧を飛ばした。
「任務、失敗ですわね」
「……巫女様、ですか」
エルズの背、それこそまさに至近距離にまで迫っていたのは、ライムだった。
「巫女様なんて他人行儀な……ライム、で構いませんわ。いえ、ライムちゃんですわ」
冗談のような言葉だが、エルズは焦りを封じようと冷静な素振りを見せる。
「ライムちゃん……エルズは、どうなるんですか」
「まさか、本当に言うとは思いませんでしたわ。愉快愉快、ですわね」
「あのっ!」
死活問題を前に茶化され、エルズは僅かばかりの憤りを滲ませた。
「そんなことは些事ですわ。で、エルズちゃんはどうしたいんですの?」
「それは……」
「その力、一人で扱うには大きすぎると思いますわね」
エルズの手には、先刻ライムによって投げられた、《邪魂面》が握られている。
神器を持った存在が自由に行動する。それは、世界秩序からいっても厄介であり、ホルダー自体も狙われるという可能性を背負わなければならない。
国家に属さないことのリスクについては承知の上で、エルズはどうすべきかを決めかねていた。
「夢幻王様に口添えして、今回の失敗を帳消しにすることは造作もありませんわ」
「……エルズは、もう悪いことはしたくありません」
「そう来ると思っていましたわ。では、ごきげんよう」
それだけ言うと、ライムはさっさと帰ってしまう。
自身の発言に薄い後悔をし始めた途端、通信術式による呼び出しがかかった。
夢幻王、である可能性がほとんど。その状況で取るには、相当の勇気が必要となった。
意を決し、エルズは通話を受ける。
『私だ』
その声は、違えるはずもない夢幻王のものだった。
そう判断できた時点で、エルズは畏まり、小さくも明確な声で応じる。
「はい……」
『暗殺はどうなった』
「失敗、しました」
『そうか』
どうでも良さそうな声に対し、エルズは胃を握りつぶされるかのような威圧感を覚えていた。
『本来ならば、待遇の悪化を考えるところだが、お前の能力は惜しい。今回の失敗、取り消しにしても構わない。ただ、今回だけだ』
皮肉にも、ライムと同じ提案が帰ってくる。
ライムは当然のこと、夢幻王もエルズの重要性を理解しているのだ。如何なる者、己すら洗脳できるという神器の存在も含め。
「エルズはもう悪いことをしたくありません」
既に一度行ったやりとりだからか、エルズの声に迷いはない。
『なるべくは譲歩しよう。では、今から《風の大山脈》へと向かえ』
「《風の大山脈》……あの一族の調査、ですか?」
『ああ』
エルズの言葉に含まれた、調査という部分に肯定がなされたと気づき、判断が揺らいだ。
『人を殺めることもない任務だ。この程度ならば、お前でも可能であろう?』
「……はい」
『ならば早急に向かえ。報告を待っている』
そこで通信は切られ、エルズは安心感から地面に崩れ落ちる。
「(パパ、ママ……エルズは絶対に生き残ってみせるから。そして、絶対にまた、戻ってくるから)」
覚悟を新たにし、弛緩した筋肉を緊張させ、エルズは北へ歩き出した。




