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「さて、そろそろ終盤か」
前衛五百、後衛一千という凄まじい数を相手にしながらも、善大王はいまだに一撃すら受けていない。
もしも通常の敵であれば、おそらく前衛百ですら一撃は受けているだろう。逆に、少女が操作している場合に限り、このような一騎当千の活躍を見せられる。
使った術の数は百を越えている。一戦で使う量ではないにしろ、このような奇跡にも似た現象を起こしているからにはそれですら少なく見えた。
空を見上げ、闇が祓われつつあることに善大王は気づいている。外の光ではなく、それはこの術の持続限界を示しているのだ。
このような空間の維持、それが無制限に行えるわけがない。
前衛兵を敢えて引き付け、周囲を囲わせることで八対一に留める。そして、後衛から術が飛んでくるのを読むと、すぐさま肉体強化をして影の群れから脱した。
敵兵の減少は全て、この流れ弾の命中によるもの。善大王は攻撃を行ってはいない。
既に術が解けかけているのか、影は一斉に消えていき、残るは十体ほどになった。
「これで、終わりか」
十体同時に術を発動させ、善大王に向かって攻撃を仕掛ける。
ただ、それまでとは術の使い方が違う。前衛の同士討ちを避ける必要がないからか、善大王の回避角度を全て封じた、弾幕の如き術の掃射。
しかし、善大王は表情に焦りを見せなかった。
藍色の弾丸をすばやく回避し、鋸状の刃を光の剣で防ぎ、藍色の刃を掴んでから遅れてきた二本を弾き落とす。
螺旋状の刃も飛んでくるが、既に攻撃を防ぎ終えた光の剣が迎撃する。
今防いだ六発は、所謂回避不可能の角度だった。しかし、残る四発はもう命中しない。
善大王が全ての攻撃を終えたフォームのまま制止すると、全てが彼の体を避けるかの如くに、虚空を裂いた。
最後の一発を防いだ時点で、全てが終わっている。まさしく、無駄のない完全な回避だ。
妙に釈然としないまま、善大王は空間が消え去っていく様をみた。
これで戦いは終えられた、エルズを助けることができた──フィアならば、そう感じて喜ぶことだろう。
結界が砕け散り、驚愕の表情を浮かべるエルズを見ながらも、善大王は平然と近付いていく。
「俺の勝ちだ」
「まさか、本当に避けきるなんて……」
「ライトは──パパはそういう人だから」
フィアは善大王に近付こうとするが、彼はそれを制した。
「ええ、あなたの強さは予想外だったわ。でも、ここまで《闇ノ二百五十五番・魔女饗宴夜》」
二発目の最上級術の発動。それは、フィアも予期していない展開だった。
エルズは最初から、善大王が何かしらの方法で自分の最上級術を突破する可能性をみていた。
黒い帳が善大王の周囲に降り、再び幻覚空間が形成されようとする。
「なぁフィア……アレ、使っていいか?」
「……今だけ、今だけはいいわ」
「何を言っても、もう終わりよ!」
高揚するエルズとは対象的に、善大王は疲れた顔で告げた。
「二週目もできるだろうが、時間が掛かるし何よりしんどい。俺には仕事もあるんだ、いつまでもわがままにつきあってはいられないな」
右手を天に掲げた途端、手の甲に刻まれた紋章が白く煌いた。
「《救世》」
善大王の右手を起点に、無数の白い光の糸が伸びていき、球体として完全形成されようとしていた幻術空間に張り付く。
一本、また一本と光の糸は消えていき、その度に穴あきのように空間が裂けていった。
対消滅現象は加速し、次々と穴を開け、最後には空間が維持できずに自壊する。
最上級術を相手に、僅かな時間で完全に無力化する。普通に考えれば──術者の概念から考えればあり得ない、意味不明な現象。
術者としてかなり上等な位置にいるエルズはこの状況の理不尽さ、理解不能具合に混乱し、地面に崩れ落ちた。
「ありえない……なんで、最上級術が。今のは、一体……なんなのよ」
善大王は黙ってエルズに近付いていく。無表情で、何も思っていないように。
そんな彼の姿を見て、エルズは心の底から恐怖した。彼には煽りも利かない、術も全て回避され、回避できないものでさえ消し去られてしまう。
もはや、自分の勝てる相手ではない。そう、察してしまった。




