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最上級術、二百五十五番──これは圧倒的多数を相手取ることできる術だ。それこそ、軍に大打撃を与え、中隊から大隊規模ならば壊滅も可能な段階。
それを防ぎ切る、というのは正気ではない提案だ。それこそ、そんなことができる相手ならばどれだけやっても勝てない。
「妨害するつもり?」
「人間の法則から外れているような術を破った相手に、エルズは勝てると思うか? 俺としてはそこで投了してもらえれば満足だ」
信用していたわけではないが、それでもエルズは《魔導式》の展開を開始した。
事実、上級術の打点では善大王を落とし込めない。ならば、それこそ人間である限り対処が不可能な術で応じる他になかった。
フォルティス王の時と同じく、誰が選んでもその選択肢を指定するという状況。
周囲を埋め尽くしていく、莫大な量の《魔導式》を見ながら、善大王はただ呆然としていた。
練度次第で最上級術を比較的早く展開することは可能だ。ただ、単純に重いので他の術の練度を、ほとんど捨てなければならないという弱点が存在する。
そもそも、近年のミスティルフォードにおいて、最上級術を必要とするような戦は確認されていない。
これは各時代でも言えることで、百年や何十年単位で続く戦争もなく、最上級術特化型の術者というのは生まれるはずもなかったのだ。
しかし、そもそも最上級術時代が使用者の少ない術であるからして、どういう事情であれ、生まれることはなかったのだろう──二百五十五番まで到達した術者が、一つしか使えない状況をよしとはしない為──。
長い沈黙の末、《魔導式》の展開を終了したエルズは立ち上がる。
「(来るか)」
「《闇ノ二百五十五番・魔女饗宴夜》」
途端、善大王の周囲は黒い闇に包まれ、すぐにエルズの姿は見えなくなった。
闇の中、善大王は身動きせず、一度冷静に状況の分析に勤める。
「闇ノ二百五十五番・魔女饗宴夜、全属性で最も発動に時間が掛かる術であり、対象を幻術空間に引きずりこむ……か」
この空間、闇の世界はエルズが一人で構築した幻術空間だ。
ただ、幻術空間といっても実体は存在している。周囲とは遮断された、完全な異空間。
外部や内部からの破壊にも耐性を持つ為、善大王が単騎で破壊することは不可能。それ以前に、中隊規模の攻撃ですら小揺るぎもしない。
とりあえずは、と歩き出した途端、周囲の設置されていた灰色の木に火が灯された。
篝火のような灯りが周囲を照らすが、その光は決して明るくはない。そもそも、光ですらない。
藍色に縁取られた黒い炎。闇属性に満ちるこの空間において、光というのは視覚の開放にしか過ぎなかった。
一人、二人、三人と次々にローブを羽織った黒い影が現れる。
五人程度で止まり、それぞれに黒い影のような武器を構え、善大王に襲いかかってきた。
それぞれの攻撃は独立こそしているが、その命令の根幹にはエルズの意思が働いている。ならば、善大王の独壇場に変わりないのだ。
攻撃を回避していく度、黒い影の兵は数を増していき、軽く息を上げ始めた頃には千にまで到達する。
「(これはまぁ、しんどいな)」
さすがにこの人数ともなると、回避は不可能になる。已む無く、術によって光の剣は生成し、盾の代理として使用することを選択した。
「さぁ、来いよ」




