善大王と天の巫女
「汝を善大王として認めます」
俺の目の前に立っているのは、露出多めな巫女装束を纏った幼女だった。
顔は隠され、どんな子かは分からないが、覗かせる金髪はとても綺麗だ。
「君、可愛いね。何って言うの?」小声で呟く。
「……儀式の最中です。お静かにお願いします」
「あっ、そ……ごめんごめん」
怒ったように咳払いをした巫女さんを見て、申し訳なくなり、所作だけで謝罪をした。
しかし、この子が神の代理人、天の巫女なのか。
神がこの世界に現れることができない都合からか、彼女のような子が代理として置かれているわけだが、こんな小さい子がそんな役割を持っているとはとても思えない。
「この日、神の右手たる善大王が光の地を治めんと――」
善大王、善を統べる王様。世界で最大の権力を振ることができる皇の一人。
宰相のノーブルはそう言っていたが、俺がそんな存在になるなんていうのは、未だに現実味がない。
「善大王様」巫女は小さな声で言った。
「ん? どうかしたのかな」
「手を……説明、聞いていましたか?」
完全に聞き流していたが、俺はすぐに手を差し出し、何事もなかったかのように毅然としてみせる。
「神の代理人とし、汝を洗礼します。神の右手として、働き続けることを誓いなさい」
「はい、誓います!」
巫女さんは再び溜息をつく。どうやら、ここは黙祷のようにすればよかったらしい。
呆れたままに巫女さんは光の文字を宙に描いていき、術を発動させた。
途端、橙色の光が俺を包み込んでいく。温かくもなければ冷たくもない、いまいちどんな意味があるのかも分からない。
「では、神との契約をここに執り行います」
そう告げると、巫女さんは俺の右手の甲に口づけを交わした。
「おっ……いいね」
幼女に口づけされ――手だが――良い気分になった瞬間、突如として激痛が襲いかかってくる。
「ぐっ……がぁあああっ! なっ……なんだ、これはっ……」
「儀式の説明はされているはずですが――これにて、善大王承認の儀を終えます」
その言葉を最後に、俺の意識は飛んだ。
次目覚めた時、俺はベッドの上で寝ていた。空気から察するに、城へ戻ってきたんだろう。
「善大王様、お目覚めですか」
「……あ、ノーブルか。儀式はどうなった?」
正装の意地悪そうな文官風老人――ノーブルは俺の顔を覗きこんでくる。
「はい、無事に成功いたしました。巫女様から多くの苦情が来ていましたが」
「そうか。それにしても、あの痛みは何だった――」
痛みのない右手甲を見た瞬間、俺はベッドから飛び起きた。
「なんだこれ、なんでこんな紋章が刻まれているんだ」
「……善大王様、それは説明したはずですが? ……こほん、善大王承認の儀では、神の代理人である――」
「かいつまんで説明してくれ」
「つまりです、その紋章は神との契約の印です。あなたが真の善大王となった証拠です」
「なるほど……こんなものを刻まれれば痛いわけだ」
感心する俺に対し、ノーブルは呆れたような様子で告げる。
「儀式の最中に倒れられる善大王は初めて見ました。前日、何かしていたのでは?」
「いや、ついつい城下町の子と……いや、そんなことはいいか」
ノーブルから説明を受けながらも、俺は白い法衣に袖を通し、部屋を出てから謁見の前にある玉座に腰掛けた。
「さて、善大王になったからといっても、やることがないな」
「いえ、今から天の国へと向っていただきます。ビフレスト王との会談が予定されていますので」
「おいおい、新任早々から王様との会談かよ。大丈夫か? 変な条約とか結ばされても知らないぞ」
「そのくらいの責任は負ってください。……ですが、今回は顔合わせくらいでしょうな、あちらとしても善大王様について知っておきたいところでしょうし」
「うん、なら心配はないな。では今すぐにでも――」
「善大王さんだよね? ねっ、アルマと遊ぼうよ?」
ここは謁見の間。訪れることができるのは王に許された者だけのはず。
だとすれば、どういうことだ。この子は明らかに子供、俺が呼んだ記憶もない。
銀色の髪や、人形をゴテゴテに着飾らせたような豪華な格好を見るに、貴族の娘であることは明白だ。それにしても、頭に被った赤ずきんや、特徴的なアホ毛が気になる。
「ノーブル、この子は?」
「アルマ様ですよ。光の巫女の」
「ってことは、この子もあの子の同類ってことか。なるほどな」
「ん? どしたの?」
首を傾げて愛らしく問いかけてくるアルマに、俺の心は躍った。
「アルマちゃん、だね。そうだね、遊ぼうか」
「やったぁ! じゃあ、じゃあ――」
「アルマ様、善大王様は今からお仕事で天の国に行くので、後日にお願いします」
ノーブルが断ると、アルマは残念そうな顔をしながらも納得したらしく、頷いた。
「じゃ、今度は絶対に遊んでね! それと、それとね、天の国に行ったら、フィアちゃんによろしくって言っておいてね」
「フィア……ちゃん、か。会えたら言っておくよ」
俺が今から行くのは天の国の城だ。城下町の子と会う暇はないだろう。
それこそ、会えればいいなくらいに見ておくのが無難か。なにはともあれ、今は善大王としての公務をこなさなくてはな。
「ノーブル、馬車の用意をしろ」
「ハッ、ただちに用意させます」
そうして、俺は善大王として初めての仕事をすることになった。