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昼になり、フィアを起こしたのは善大王だった。アイは、依然眠り続けている。
「もう昼過ぎだぞ」
「……え?」
目を覚ましたフィアは急いで頭を下げ、キッチンへと向かおうとした。
「朝飯は一人で食べた。昼飯も用意できている」
「……ごめん」
「どうしたんだ? キッチンで料理していても起きないなんて、驚いたぞ」
子供用ベッドは未だに、キッチンで圧倒的な存在感を醸し出している。
眠っているアイの横顔を一瞥し、フィアはベッドから起き上がり、食卓へと向かった。
二人で食事を平らげ、静まりかえった時点でフィアが口を出す。
「昨日、襲撃者が来たわ」
「……どんな奴だ」
「暗くて分からなかった。能力を使う前に逃げられたから、本当に不明……でも、闇属性使いだったことは間違いないわ」
真面目な話だからか、善大王は茶化さない。
ただ、襲撃については善大王も気づいていた。ただ、起きる必要がないからこそ、それを見逃していた節もある。
「今日からは家中に防犯の式を刻むから、ライトも手伝って」
「……俺は大丈夫だ。それに、そんなことやっても仕方がない」
何故、という問いを発しようとした時、アイは目覚めた。
「……あれ?」
「起きた?」フィアは一番槍となる。
「うん……ご飯は?」
「もうできているわ。少し冷えているけど」
アイはゆったりと起きた後、元気よく飛び跳ねてから食事に手を付けた。
フィアが姑のように食事マナーを教えたからか、今日のアイは一段と行儀良く食べている。
「(私の教えが生きているのね。ふふっ、ちょっとうれしいかも)」
上機嫌になっているフィアとは正反対に、善大王はアイに優しい笑みを浮かべながら、思い悩んだような表情を影に潜ませていた。
食事を食べ終わって早々、珍しくアイが提案をしてくる。
「ぱぱ! 一緒にでかけよ」
「ん? 俺か……いいぜ」
「あれ? あれ? 私は?」
困惑するフィアを見ると、取り繕うようにアイは続けた。
「ママにサプライズのお返しをしたいの! ……ありゃ、言っちゃった」
「えっ、本当? えへへ、じゃあ期待して待っていてあげる。今のは聞かなかったことにするから!」
とても子供らしい、隠そうとしながらも本当のことを口にしてしまう浅はかさ。しかし、これに対しても善大王は笑みを浮かべるだけ。
そうしてフィアが家で留守番の役を受け持ち、アイと善大王は家を出た。
アイは善大王を先導し、拾った枝を振り回しながら町の方向へと向かって歩き出す。
「アイは町の場所を知ってるのか?」
「ママと一緒に行ったから!」
「へぇ、偉いな」
近所の村を越え、そこからさらに遠くの町に向かう為に馬車を借りた。
代金は善大王が支払い、気っ風のいい御者──馬車を動かせるただの農民なのだが──は快活に話をしながら、二人を町まで運ぶ。
オキシーの町。商人達が自分の城を構えるには絶好の町であり、店舗の数は都市にも匹敵するほどだ。
一次産業とはまさに無縁の土地。二次産業は少なからず関与しているが、やはり第三次産業の占める率が圧倒的に高い。
エイツオーの街と比べると規模は小さいが、それでも村よりは遙かに発展していた。
「何を買うんだ? パパには教えてくれよ」
「ママが驚くようなの!」
小さな公園に立ち寄ると、アイは何気なくベンチに座りこんだ。
善大王もそれに倣い、彼女の右側に座す。
公園では子供達が遊びまわり、追いかけっこを繰り広げていた。善大王は久しくそのような光景を見ていなかっただけに、目を奪われている。
「パパは小さい子好きなの?」
「ああ」
「なんで?」
「彼女らは無垢に近い。そして、可能性が失われていない」
人は年を重ねる毎に可能性を閉ざしていく、と善大王は考えていた。事実、全てにおいて……彼ですら、可能性──進化、成長すること──はなくなっている。
ただ、善大王は常人を遥かに上回るだけの技術、知識を持ち合わせている為に潰しが利いているだけのこと。
彼ならば職を変えることも容易だろう──それを選択しないことは明白であり、それこそが可能性の閉塞でもあるのだが。
「アイのことすき?」
「大好きだ」
口付けを交わそうとしてくるアイ。ただ、それが頬に──家族としてのものならば、おそらく善大王は抵抗しなかっただろう。
寸前でエルズの胸を軽く押し、距離を取らせた。これで、接吻をすることはできない。
「おマセさんだな。フィアから聞いたか?」
「アイ、パパのことが好きなの」
「……それは錯覚──いや、勘違いだよ。俺は父親であり、父親として愛されていると考えているつもりだ」
善大王は少女を性的に愛するような、異常性癖者だ。しかし、それでも彼は確たる信念を元に動いている。
それは、飽くまでも少女の任意を得ることだ。軽いスキンシップ──シアンを失禁させたことは明らかに過剰にも見えるが──などはともかく、交わろうとする時に無理やりということはない。
件のフィアですら、回数がおかしかっただけで、最初は否定をしてはいなかったので例外でもないのだ。
乳幼児にもなると手を出しはしないが、三歳などの幼児でも任意さえあれば手をだす。それが善大王。
そんな一部分に紳士性を持ち、一部に狂気を思わせる思考を持ち合わせていてもなお、彼は身内に手を出す気はないのだ。
善大王が安易に婚姻関係を取らなかったのもこれが原因、といっても過言ではない。
自分の子供を作ればいくらでも襲い放題、と浅はかな異常性癖者は思うかもしれないが、彼の場合は娘は娘でそれ以上でもそれ以下でもないのだ。
それでも、アイは納得しなかったのか、ワンピースをたくし上げて太ももまで露出させる。
「どこで覚えたんだ?」
「パパとママがこういうことしてたから……」
確かに、善大王とフィアは半年の間に一回だけしている。ただ、一回だ。
仕事に拘束され、まったく欲求の昇華ができない時、フィアに頼んで一度だけ交わっている。
まさに夢中になっていた時、さらにアイが目覚めてすぐに眠ったこともあり、善大王はそれに気づいていなかった。
「ママだけずるい!」
「やめなさい」
「なんで! アイだけがのけものはいやだよ!」
「やめろ」
今の一言だけ、彼の言葉は少女の向けるそれではなくなる。
それは残虐性や冷酷さの証明などではなく、彼の表情から分かるとおりに──親としての叱咤だった。
アイは萎縮し、反省するようにワンピースの裾を戻す。
「パパ……」
「怖く言ってごめん。だが、俺はアイのことを考えているんだ」
しばらくしてから、二人はプレゼントを買いに戻った。
アイは自分でも納得せず、善大王がそれらしいものを勧めても、それでは駄目だと否定する。
そうこうしてプレゼントが決まったのは夜。アイが頑固に言うものだから、善大王も帰る時期を逃してしまった。
「さて、どうするか……」
「お馬さんいるかな?」
「たぶんいないな。よし、今日は泊まっていこう」
「ママがいないのが寂しいけど……分かったよ、パパが一緒に寝てくれるなら大丈夫!」
「はは、アイは強いな」
夜な夜な、寝る準備を済ませた善大王はフィアを抱き上げ、一緒のベッドに入った。
「大丈夫か?」
「うん。あったかい」
キスをせがむアイに対し、善大王は応じる。今度は、お休みのキスだ。




