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大空のフィア  作者: マッチポンプ
中編 少女と皇と超越者
194/1603

10

 フィアが目的地に定めた場所は子供の足にしても、決して遠くは距離だ。近くもないのだが。

 昼手前に出発し、今は真昼間もいいところ。少しばかり長い休憩を挟みながら、かつゆっくりと雑談しながら歩いている為にかなり進行は遅い。

 ただ、それを気にする者は誰もいない。目的地に急いでいく必要もない。


「ねーねー今日はどこいくの?」

「すごいところ」

「すごいところってなに?」

「それは秘密」

「えー! おしえてよ!」


 半年も同じ家で暮らしていれば気心も知れるのか、以前よりも若干わがまま気味になっているアイ。

 フィアの時とは違い、善大王もそれを正そうとはしなかった。

 子供らしくをモットーとして、半ば放任主義のように育てられている。

 ただ、フィアはそれを是としているわけでもなく、笑みを浮かべたままに言葉を紡ぐ。


「ひ・み・つって言ったわね?」

「うぅ……ママ怖いよ」

「ウフフ」


 こうした無言の威圧は、コアルのそれを模しているのだろうか。口調こそは穏やかでも、その身から隠しきれない感情は良く分かる。子供であればなおのこと。

 誤魔化すようにフィアの抱きつき、作り笑いを浮かべたアイを見た途端、急に噴出す。


「怒ってないわ」

「ほんと?」

「ええ、それに──ほら、あそこ」


 フィアの指差す先には、二人の視界いっぱいに広がる花畑があった。

 青、群青、水色などの花々が咲き誇り、周囲とは違った空気を纏っている。


「わぁああああすごい!」

「でしょ? 散歩している時に見つけたの」


 こうして咲いている花はただ綺麗なだけに見えるかもしれない。しかし、そうではないのだ。

 この地は水のマナが多く漂っている場所であり、植物が大気や地中からマナを多く吸収できる環境である。

 つまり、この地に生えている花はエターナルフラワーだ。全てが全てではないが、その率は高い──四葉のクローバー程度の率か──。

 アイが引き抜いたのは、青い光を放ち、ほんのりと露をつけている花。エターナルウェットとされるものだ。

 ちぎられながらも光続け、瑞々しさを維持している花をみて、アイは不思議そうな顔をする。


「なんか、不思議だね」

「それはすごく珍しいのよ。ずーっと枯れないから」

「へぇえええ! すごい! じゃあこれで花冠作ったら、ずっと平気だね!」


 その発想には辿りつかなかったらしく、フィアは純粋に感心していた。


「数的には不足ないわね──よし、じゃあ一個作っちゃいましょ」

「いいの!?」

「エターナルフラワーは副産物的に生まれてるから、減らしても問題ないから」


 アイはその意味を理解していないが、楽しいことができると喜んでいる。

 さて、フィアの発言についてだが、エターナルフラワーは通常の植物の繁殖方法とは、根本的に違っているのだ。

 必要なのは多量のマナ──少量でも発生するが、かなり稀──とマナを取り込むだけの力を持つ、力強い花だ。

 理論上は全ての花、植物がエターナルフラワーになる性質を持つが、花の存在する種類が圧倒的な多数である。

 ここで大事なのは、エターナルフラワーは遺伝的に増える種ではない、ということ。

 エターナルフラワーとなっても通常種として増えることもできるのだ。その際にマナが足りなければ、エターナルフラワーには確実にならない。

 数を減らしたところで絶滅するわけではないので、フィアとしては何の躊躇いもなかった。


「じゃ、ママが普通の花で作ってみるから、真似してみて」

「うんっ!」


 期待の目を向けられ、フィアはそれに応えるべく、能力を発動した。

 途端、花畑から視点がズレ、急に空が視界を支配する。


「(は……れ?)」


 超高速で作成手順が脳を過ぎり、フィアの意識は一瞬だが、完全にブラックアウトした。


「……マ! ──ママ! ママ!」

「…………あれ? 寝てた?」


 周囲の状況を確認し、長時間気絶していないことを再確認した。

 フィアは世界の全て──これは例外なく、ミスティル(・・・・・)フォード(・・・・)の過去未来全ての情報──を確認できる。

 その圧倒的な情報アドバンテージこそが《天の星》を最強たらしめる要因なのだが、ノーリスクでそのような力を振るえるはずがないのだ。

 脳の構造はただの人間よりは強固で、かなりの負荷がかかっても自動的に制限(セーブ)されるようになっている。

 ただ、それでも世界に接続し、瞬間的に知り得ない情報を読み込み(ロード)するのだから負担は計り知れない。

 単発使用は問題がないが、フォーマットを掛けるなりしなければ、すぐに情報過多に陥ってしまう。

 本来の《天の星》ならばそれ──脳のクリーニング──を生理的機能の範疇で、かつ自動的に行うはずだ。しかし、どうにも彼女にそれが起きているようには見えない。


「大丈夫、大丈夫……ちょっと歩き疲れちゃっただけだから」

「ほんとうに大丈夫?」心配そうに、アイは問う。

「ええ」


 フィアは気丈に振る舞い、ピースサインを示してから地面に座りこんだ。


「ほら、みていて。こうやって作るのよ」


 最初こそは心配そうにしていたアイも、フィアが手際よく花冠をつくって行く様をみて、子供らしく心を躍らせる。


「すごい! アイもできるかな?」

「ええ、すぐに覚えられるわ」


 説明しながらも、フィアの中には別の思考が浮かび上がっていた。


「(アイの前で能力を使うのは、抑えたほうがいいかもしれないわね……でも、今はそれを気にしている場合じゃないわ──ライト、ちゃんとできているかしら)」



 ──時を同じく、善大王は……。


「さてさて、ある程度はカタがついたが」


 善大王は通信術式で馬車を近くの村に呼び寄せ、それに乗って比較的近い街へと向かった。規模は大きく、首都ほどではないが立派な街だ。

 《エイツオー》、南西部で最大の都市。首都とは逆の方面──南西部の中央に当たる場所──にあり、雷の国から訪れる者も多い。

 善大王はケーキやパーティーグッズを揃え──速達で自宅に送るように要求を出している──今まさに帰ろうとしていた。

 しかし、今は手荷物がないこともあり、自分での欲求処理に疑問を感じ始める。


「(どうだろうか……いや、今まで一度も気づかれてない。ちょっと軽く──)」


 お使い中と思わしき少女に目をつけ、善大王は声を掛けようとした。

 だが、彼は良心で立ち止まり、聞こえない声で呻きながらもベンチに座りこむ。


「(今日はアイにとっても大事な日だ! するにしても明日だ! 今日くらいは我慢するぞ)」


 強い言葉で覚悟したものの、善大王は深いため息をつき、ベンチから立ち上がった。

 途端、目の前に通信術式が出現する。通信待機状態らしく、音は鳴っていないが視界に居座っている。

 ほかの誰もそれを理解できない為、善大王は無視することも可能だ。ただ、彼はそうしない。


「(フィアか……)」


 通信を受けると、声ではなく文字が空中に刻み込まれていく。橙色の、天属性の文字だ。


「(なになに……絵本を買ってきてくれ、か。ま、丁度良かったな)」


 危うく帰るところだっただけに、善大王は肝を冷やした。

 しかし、すぐに気を引き締めなおして本屋へと向かった。

 年季の入った本屋の中、善大王は絵本のコーナーへと真っ先に向かおうとする。

 刹那、不意に視界に入った一冊に興味を示したらしく、足を止めた。


「(自由の翼、レイヴン……)」


 善大王はかつてそれを読んだことがある。ただ、それは大衆小説として流通しているもの。ここに置かれている、歴史書的な区分ではないのだ。

 内容を簡潔に纏めると、古い時代──天の国が建国される以前──に魔物を倒したという、黒い翼の男の物語だという。歴史を鑑みる限りは実際に起きた出来事ではあるが、時代があまりに古すぎることもあり、半ば創作のものと考えている者が多い。

 ページをめくり、中身を軽く確認していった。それだけで、善大王はある程度を察することができる。


「ろっと、さっさと絵本を買わないとな」


 本を小脇に抱え、絵本コーナーに辿りついた善大王はめぼしいものにターゲットをつけた。

 塔に幽閉された姫を救うべく、一人の勇者が戦う物語。竜の姫。

 遊牧民の長の娘に無理難題をつきつけられ、それを解決していく騎士の物語。三つの試練。

 王子が妖精(エルフ)と心を通わせながらも、大陸最大の危険地帯を封印する物語。妖精と光の門。

 善大王からすれば、光の国の建国記に当たる妖精と光の門を購入したいところだったのだが、懐かしい絵本を見た瞬間にその手を止める。


「女騎士カルマ、か」


 《風の一族》のカルマが冒険者となり、最後には夢である騎士──世界初の女騎士であり、聖堂騎士──となる成り上がり物語だ。

 正史を元にした絵本ながらも、とても分かりやすいカルマのキャラクター性や爽快感に特化した作品ということもあり、子供には人気の作品である。

 この作品がきっかけで冒険者になる者や騎士になる者が多い──光の国に新たに配属された騎士にも、そうした者が十数人いた──為に、影響力は計り知れないのだ。

 多岐に渡る媒体を持ち、歴史書、小説──俗に言う原版──、大衆小説、絵本などが存在している。大人も、そうした別の媒体で知っているということもある。

 ただ、大衆小説版だけは内容が若干脚色されているらしく、少女(・・)と明言されているティアが若い女性になっているそうだ。

 筆者自身は原版に対するリスペクトを元に書いており、子供以上の世代にはこちらの方が好評ということもある。

 閑話休題、善大王からすれば、これはある意味思い出の本であるのだ。

 幼き日の誕生日にこれを受け取り、大層喜んだという記憶は彼の中にも残っている。同じ喜びをアイにも与えたい、その考えに基いた行動だ。

 そうして二冊の本を購入し終えた善大王は帰路につく。


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