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──アイと出会ってから半年後。
「ライト、どう?」
紅茶とスコーンを執務机ではない、小さな机に置いてからフィアは問う。
書斎の机に向かい合っていた善大王は、座っている椅子の横に置かれている小さな机を一瞥し、そこに乗せられたスコーンをつまんだ。
軽く満足した後は紅茶を流しこみ、すぐに机に向き直る。
「どう、ってなぁ……そりゃ帰りが遅いのに不満を出すのは分かるが、仕事送ってくるのは無粋としか言えないだろ」
シナヴァリアは善大王が二ヶ月ほど帰ってこない時点で、善大王としての仕事をこの家に送りつけるようにしていた。
全てというわけでもなく、秘匿資料であることからも、配達者は限られる。ずばり言うに、ガルドボルグ大陸の国からは、直接この家に届けられているのだ。
残る三カ国については依然としてシナヴァリアが担当し、つつがなく事を終えている。
こうなれば近所も当然、と持ってこられた資料の中で重大な案件には、善大王が直々に出向くことも多くなった。
そういう時、大抵はフィアとアイが留守番をするのだが、稀に二人がついて来ることもある。
貴族や長はそうした子供二人組を見て、例外なく驚くという流れ。娘──これは半分正解だが──、妹、情婦と伸びては行くが、誰も答えには辿りつかない。
それはそのはず。この三人を見て、二人が親で一人が娘だなどと思う者がいるはずもない。
結局、この半年の間は善大王として働く傍ら、アイの父としてガルドボルグ大陸内の国を巡りもした。
半年、この期間はある意味で大きな影響を持っている。
「アイと出掛けてきていい?」
「どこに?」
「近くよ」
「じゃあ俺も行く。丁度仕事も片付いたところだ」
フィアは苦そうな顔をした後、目線を逸らしてから言う。
「二人だけで行かなきゃだめなの。それと、ライトにはお願いがあるわ」
「……お願い?」
「えぇ」
短い説明を聞き、善大王は納得した。
「ライト、もしてかして忘れてたの? あなたが言ってたのに」
「忘れてたわけではないが……いや、子供の気持ちは子供が一番知っている、だな。それでいこう」
子供と呼ばれたことに不満を覚えながらも、フィアは書斎を後にする。
一人残された善大王は机に向き直った。片付けたとは言ったが、仕事はまだ残ってはいるのだ。
ただ、急を要するものは全て処理し終えている。後は──フィアの要求を受けるだけだ。
リビングに出ると、準備をしているフィアとアイの姿が目に入る。
「パパ!」
駆け寄ってくるアイを抱き寄せ、善大王は頬を口付けをした。朝から篭っていただけに、今日初めて会ったことになっている。所謂、おはようのキスだ。
「ママに心配掛けるんじゃないぞ」
「うん! パパはお留守番だよね?」
「ああ、寂しいけどな。その分、きーっちり楽しんでこいよ」
「あったりまえじゃん!」
フィアとアイコンタクトを行い、善大王は出発していく二人を見送った。
「さて、俺は仕事をしなきゃな……」




