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「アイ、大丈夫か?」
「うん、ちょっとまだ痛いかも」
「そうか……」
「ねぇ」とフィア。
「さて、もう勝負は終わりだ。夕方だし、飯だ飯」
「ねぇっ! 聞いてよ!」
善大王は怪訝そうな顔をすると、そっけない様子で悪びれもせずに問う。
「今日は何を作るんだ?」
「そっちじゃない! 大丈夫? とか聞いてよ!」
「どうせ大丈夫だろ?」
「むかー! 大丈夫じゃないよ! 痛いの!」
「心が、だろ? そりゃ知らんさ」
ここまでの態度を取られて黙っていられるはずもなく、フィアは怒り出した。善大王に、ではなくアイに。
「まだ、まだよ! 次で決着!」
「うん! もっかいもっかい! エヘヘ、ママっ! もっといーっぱい楽しいがほしい!」
そこで初めて、フィアは気づいた。
このアイは、フィアの喧嘩を楽しい遊びだと判断していた、と。そして、気づいているかいないかはともかくとし、敵意を向けていた自分にこのような笑みを向けていることに。
急に恥ずかしくなったフィアはアイに背を向けた。
「あれ、ママどうしたの?」
「やめ」
「えっ」
「もうやめ!」
「えーっ! アイのこと嫌いになっちゃったの?」
「……むしろ、逆よ」
フィアは言い、アイを抱きしめた。「大好きっ」
「うんっ、アイもママだーいっすき!」
多くの人間の醜態を見てきたからこそ、フィアは他者に心を開きはしない。だが、アイに限ってはそうではなかったのだ。
裏表のない、それであって正の感情を持って生きている。そんな存在を前に、フィアは心を動かされていたのだ。
「(本当に可愛い……ライトの気持ち、少しは分かったかも)」
少女の持つ裏表のなさ。善大王の場合はその悪い側すら愛しているが、フィアもその性癖の理由を理解し始める。
少し離れて二人の様子をみていた善大王は親子として、というよりかは親しい関係になれた二人を微笑ましく思い、口許を緩めた。
「明日からは勝負とか関係なく、二人で遊ぼうね!」
「うん!」
フィアの発言に偽りはなく、翌日はフィアとアイが二人で出かけた。善大王は家で留守番する羽目になり、一人残念そうに時間を潰す。
ただ、それは完全に嫌というわけではなく、純粋なフィアの成長を喜ばしくも思っていた。
「(フィアが俺を差し置いて、他人と遊ぶなんてな。あの調子で依存症が治ってくればいいが)」
それはそれで寂しそうではあるが、善大王からすれば相手が依存症であるか否かに問わず、夢中にさせられる自信があるので深くは気にしない。
退屈さに耐えられず、善大王は通信術式を開き、シナヴァリアに繋いだ。
「俺だ」
『例の件については』
「とりあえず経過は良好だ。ただ、時間はかかるかもな」
『そうですか。なるべく早く戻ってきてください』
「それで連絡した」
その意図を汲み取れず、シナヴァリアは黙って答えを待つ。
「俺が決定を下した方がいい案件については、誰か通信役を通して俺に言ってくれ。口頭で承諾する」
『……善大王様らしくないですね。こちらとしては有り難いのですが』
書類の中には緊急性のないもの、緊急のもの含めて善大王しか承諾できない類のものがある。
《風の一族》との交渉、火の国からの鉱物購入、これらの時はお触れで一時的に停止させていたが、それ以外の時は大抵通したままだ。
フィアとの旅行の時ですら、規定時間まで対応ができないという前提で通していた為に問題がなかったが、今回はそうも言っていられない。
帰る頃合いが不明、その状況ではこのような手を取ることが定石とされていた。善大王が言わずとも、あと一週間後くらいには催促がきていたに違いない。
シナヴァリアとの通信を切ってしばらく経ち、善大王も知る文官の一人が通信役として連絡を寄こしてきた。
仮にも上級秘匿文書の為、ただの雑用には任せられない。
「(さて、パパはお仕事でもするかな)」




