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「(まぁ、まだ止めなくてもいいだろ)」
母と娘の喧嘩、だというのにどうにも光景は可愛らしく見えてしまう。
アイはひたすらに困惑し、フィアは敵意を振りまき、ファイティングポーズで威嚇していた。
ルール決定は善大王に任されている。三回戦制度で、先に二勝した方の勝ち、という話だ。
「とりあえず、まぁ一回戦は追いかけっこだ。フィアが鬼、アイが逃げるんだ」
「フフッ、速攻で捕まえるから」
「なんか良く分からないけど、がんばるよ!」
開始の合図を出した途端、少し開かれていた距離は急激に縮まっていき、フィアはアイの背に触れようとした。
しかし、アイはひょいと躱し、フィアの手を軽くすり抜けていく。
僅かな体格差、フィアの直情的な攻めなどが影響し、こんなことが起きているのだろう。いや、そもそもアイもこの勝負をゲームと楽しみ、本気で回避している節もある。
「こんのっ! ちょこまか逃げてっ……!」
カウントを無言で行っていた善大王は、アイがあと少しで捕まることを察した。
残り時間はあと僅か。
「時間切れ。アイの勝ちだ」
「ちょっと、短くない!?」
「俺が数え間違えると? 次の勝負に移るぞ」
飛んで跳ねて喜んでいるアイとは対照的に、フィアは頭から蒸気を噴出す勢いで怒っている。
二回戦目は射的になった。セットの用意に多少の時間を取られたが、善大王が監修しているだけに即席とは思えない完成度になっている。
「今度こそ勝つから」
「えへへ、アイも負けないから!」
互いに見つめあった後、フィアは背を向けて「フンっ」と釣れない態度を取って見せた。
先制を取ったのはアイ。射的用の長銃を構え──よく分からないのか、片手で持っている──ターゲットの缶に狙いを定めた。
射撃した途端、軽い反動でアイは驚き、銃を落としてしまう。肝心の弾も、見当違いの場所に飛んだだけで終わる。
「フフフ! これで終わらせてあげる!」
フィアは刹那に目を閉じ、銃身を両手で支えるという完璧なフォームで構えを取った。
「(何かしらの能力を使ったか?)」
明らかなフィアの変化を善大王が見逃すはずもなく、すぐにイカサマを見破った。
事実、彼女の脳には射的というゲームの基礎が瞬間的に叩きこまれている。これでは経験の差で圧倒的にフィアが有利だ。
勝利を確信したショットの瞬間、予想以上に反動を重く感じたらしく、狙いが逸れる。
缶に命中こそしたが、倒れるには至らず、勝負は続行となった。
「次に延命しただけよ」
性格の悪そうな──他人と付き合わなかった為、実際悪い──発言をし、フィアは銃を渡した。
受け取ったアイは再び先ほどと同じような構えを取るが、そこに善大王は近づく。
「反動がちょっとあるから、両手で銃身──銃を掴むんだ」
「良くわかんないかも」
「ママがやっていたみたいにさ──ほら、こんな感じだ」
善大王がアイに覆いかぶさり、フォームを強制した。アイも抵抗せず、それを受け入れる。
「よし打て」の声と同時に、アイは引き金を引いた。
缶にヒットするが、倒れない。特定の場所を狙わなければ倒せないようにしてあるのも、長期戦になるようにしている為だ。
「おしー」
「ああ、あと少しだな」
「そこ! アドバイスなんて卑怯よ!」
「お前もしてるだろ……ま、別になにも言わんが」
気づかれていると理解し、フィアは不満そうに悪態をついて、アイから銃をひったくった。
「関係ないわ。すぐに終わらせるから」
もう一度目を閉じた途端、フィアはすぐさま銃撃する。
狙撃は完璧に行われ、缶は一撃で倒された。どうにも、今回は完璧な技術をトレースし、そのままの動作で打ち込んだらしい。
若干ふらつきを覚えたが、フィアは意地の悪い顔でアイに笑みを向けた。
「私の勝ちよ」
「わああ! ママすごおい!」
素直に褒め称えるアイに絆されたのか、それまで悪意を含ませた笑みだったフィアだが、純粋に誇らしげな笑顔になる。
「ま、普通ね」
「イカサマしているけどな」
「……つ、次!」
三回戦目は玉蹴りだ。人の頭一個分の玉を蹴り、倒されている籠に入れたほうが勝ちというルール。
競技説明を終えた時点でフィアは早速構えを取った。今回は能力を使っていないのか、走ることに特化したフォームになっている。
この競技では瞬発力を高め、細かい動作をすべきなのだが、両者がそれに気づけるはずがない。
いざ試合開始になった途端、フィアは果敢にも攻めていき、あっさりと玉を手に入れた。
「このまま蹴って終わりっ!」
彼女の言葉通りになるかと思いきや、アイも負けじと玉を奪い返し、フィアの隙を突いて籠に向かって一直線に走る。
「絶対勝つよ!」
「むぅっぅうう! 勝つのは私よ!」
アイが先制して蹴りこんだ──のだが、蹴りは空振りに終わり、そのまま転んでしまった。
「うっ……」
「(まずい……早く向かわないと、か)」
アイが顔を真っ赤にしていることに気づき、近付こうとする善大王。ただ、フィアはこれを勝機とみて玉を奪い取った。
「うわぁあああああああああん痛いよぉおおおおおおお」
「これで私の勝ち! やった、ライトは私の──」
これで終わりか、と思いきや、フィアも空振りからの転倒というデジャブじみた真似をする。
本気で転んでしまったフィアは最初こそは平気な顔をしていたが、次第に痛みがしみこんできたらしく、鼻を啜りだした。
「痛いよおおおおおおおおおおライトぉおおおおお」
「ちょっと待ってろ! アイの処置をしたらすぐに行く!」
「やっぱりライトは私が嫌いなんだぁあああああライトの馬鹿ああああああ」
「分かった! 分かったから、すぐ向かう!」
「パパぁああ痛いよぉぉおおおおおお」
「あーもう! 二人とも同時にするから少し待っていてくれ!」
泣き声響き渡る中、善大王は凄まじい勢いでフィアの首根っこを掴んでアイの元へと運び、そこで改めて治療を開始した。




