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「フィアちゃん、お久しぶりですわね」
「ええ、久しぶり。夢幻王の就任の時以来かしら」
「あの時はすぐに帰ってしまい、談笑に耽ることもできなかったこと、非常に残念と思っていましたわ」
「埋め合わせは近々するわ。それはそうと、この子がその問題の子なんだけど」
短い雑談を終えると、フィアはアイを前に押し出した。
アイはライムが恐ろしいのか、妙に怯えた様子。それでも、彼女に見てもらわなければならない為に、フィアは背を押す。
「記憶喪失……ですわね。とりあえず、町から離れますわよ」
「どうして?」
「人気がある場所で能力を使ってもいいのであれば、構いませんが」
「あ、そうだね」
ライムは先導しながら、フィアと話し込んでいた。内容は、まさに雑談というもの。別段面白げがあるわけでもなく、二人にとっては現状確認程度のものでしかない。
この場において、一人だけが妙な感覚を覚えていた。そう、善大王だ。
「(やっぱり可愛いな……でも、なんでだ……どうして、俺はこの子のことをおぼえていないんだ)」
黒にも近い藍色の長髪、短い前髪、長いまつげが特徴的な妖しい瞳。
記憶を辿るが、全てが答えに到達しない。どうやっても、善大王の記憶にはそれに該当する情報が存在しないのだ。
しばらく歩き進めると、ライムは足を止め、振り返る。
「では、早速はじめますわ」
「ええ」
「頼む」
困惑しているアイの額に指を付け、ライムは口許を歪めた。
途端、アイは意識を失い、倒れこむ。
「おい、これは大丈夫なのか」
「ええ、ですが……記憶は戻っていませんわね」
怪訝そうな顔をした善大王に対し、ライムは再び笑みを浮かべて答えた。
「急を要して治すのは賢明とは思えませんわね。無難に、時間を待つのが良策かと」
「……そう、かもしれないな」
「あんまり使えないのね」フィアはあっさり言う。
「フフッ、はっきり言いますわね。でも、事実ですわ。こちらからの助言は──」
そこで言葉を止め「お二人で話し合ってみてくださいまし」とだけ答えた。
「それはどういう意味なんだい?」
「そういう意味ですわ」
「……わざわざ呼び出して悪かったわね。感謝するわ」
「いえいえ、ツケにしておきますわ」
それだけ言い残し、ライムは去っていった。明確な答えを得られなかったが、二人は追わない。
「……フィア、どうだった」
「答えについて考えていたわ」
「なるほど、ってことは普通の家族ってのが記憶を取り戻すヒント、か」
善大王とフィアは互いの能力で、ライムの思考から答えを引き出そうとした。結果から言えば、それは成功している。
ただ、全てがうまく言っているというわけではないのだが。
「フィアは最初から俺の出した答えに、辿りついていたのか?」
「いえ、答えだってことが分かっただけ。何を考えているのかは分からなかったわ……おそらく、特定方法からの侵入を部分的に防いでいたのね」
「巫女はそんなことができるのか?」
「私が知ってる限り、それはない。精神に特化しているライムなら分からないけど」
「じゃあ、巫女が身内に対してそんな技を使う必要はあるのか?」
「……ない、はずだけど」
初対面という認識ながらも、善大王はライムの怪しさを感じ取っていた。それは彼が少女愛好家だから、というだけではないらしい。
かつての記憶が確認できない程度に分散され、その要素のおかげで常の観察能力における、不確定部分──所謂、勘のことだ──を埋め合わせているのだ。
少女らしくない、そして何かしらの悪意を感じ取った。それだけで、彼は疑いにかかる。
「とりあえずは信じてみるか。何を考えているにしても、それが正解に近いことは俺にも分かる」
「そうね、とりあえずはその方向で考えましょう──でも」
「でも?」
「普通の家族って、なにかしら」




